ネムレルヨオウ
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 わたし達は妄執の生き物。忘却を知らぬ生き物。時の流れを泳ぐ者。不幸はそこにあるのに、しがみついて離れられない。

   ◆◇◆

「お母さんの所に行こう」
 白い満月が浮かんだ秋空の下、ハクの言葉。澄んだ翡翠色の瞳、暗い焔に囚われて。同じ緑の目で見返すわたしの心を知らずに、口にする言葉。
「千景も会いたいだろう?」
 白い白い光、白い白いハクの衣を照らして。きらきらして綺麗。でも、ただ、綺麗なだけ。
 だからわたしはこう答える。本心をハクに晒す。
「チカゲとハクの大切な物は同じじゃないよ」
 そう言うと、決まって伸ばしかけた手を寸前で握りこぶしに変えて。小首を傾げて、不思議なモノを見るように、戸惑った視線揺らす。綺麗。
「千尋と同じ顔なのに、千尋が大切じゃない?」
 握りこぶし、ゆっくりとほどけて、結い上げたわたしの髪にそっと触れるけど。遠く遠くを見る視線は綺麗なだけで変わらなくて――なにもなくて。蝋燭は消える前が一番綺麗。儚いと言うよりは、不吉な美しさ。だから、
「わたしの大切なのは、ハク」
 ここにもどってきてと願いながら、いつものように答える。本当は、ハクが本気で『行きたがっている』と知っていたけれど、わたしもハクと同じ妄執を知る生き物だから。こんな時、わたしは『竜』だと思い知る。愚かな人と愚かな竜の半生(はんなり)の、異形の生き物。大切な者の心底の願いすら妨げる。自分の為に。
「ハク、わたしは『千尋の影』じゃないよ」
 そして消えない傷を作る。わたしはハクの『心の傷のかさぶた』でしかないのに、反逆する。消えない傷つくって。生に縛りつけて。離さない。わたし達は妄執の生き物。忘却を知らぬ生き物。時の流れを泳ぐ者。不幸はそこにあるのに、しがみついて離れられない。