十歳の夏休み

クリスマスのお星様




 十一月中旬。
 頬を撫でる寒風に鼻の頭を真っ赤にさせながら、千尋は目の前を通り過ぎた小さな白いふわふわを両手でそっと捕まえた。
 ゆっくりと開いた手の中には、白い綿毛をお尻につけた――雪の先導者。
「これが、ゆきんこ?」
 薄くか弱い透明な羽を持つ、風に流され流され飛ぶ羽虫。父より話だけで聞いていた、空気の美しい場所にしかいない蛍と同じ季節の使者を、千尋ははじめてみた。
 指の腹で突付くだけでつぶれてしまいそうなその命は、千尋の手の中でちちちと羽を動かしていたが、円を描くように手の中に飛び込んできた風に乗って流されていった。
「もう雪が降るんだぁ」
 ゆきんこが舞った一ヵ月後には、それと同じように雪が舞うと言われている。


 八百万の神々が、癒しを求めて訪れる湯屋『油屋』のある不思議な世界もすでに秋深し。木々は黄金や紅に染まり絶景かな絶景かな。
 そんな油屋の従業員の休憩場所に、千尋は大きな箱を持ち込んでがさがさと荷物を広げていた。
「千尋、それはなんだい?」
 連休を利用してアルバイトに来る千尋が、なにやら湯婆婆に普段とは違うことで許可を求めていたと耳にしたハクが、従業員部屋まで千尋になにごとかと聞きに来たらしい。が、千尋が広げている荷物に興味がいって、先に質問してみた。
「これねぇ、クリスマスツリーなの」
 近所のおばさんが大きなクリスマスツリーをくれたから、うちのを持ってきちゃったと千尋は笑う。
「ちゃんとあばぁちゃんの許可は貰ったよー」
 ちゃくちゃくちゃくとツリーを組み立てていく千尋。
「あ、クリスマスってここにはないのかな」
 あるわけないような気もする。キリスト教のお祝いをこの世界で祝うとは到底思えない。
「ありはしないけれど、とりあえずは知っているよ。異教の神の子が生まれた日を祝うんだっけ」
 異教……確かにハク達から見ればそうなるのか、と千尋は唸ったのだが、千尋自身別に宗教的にどうこうと言う理由で十二月二十五日を楽しみにしているわけではない。あのワクワク感が好きなだけなのであって。だから曖昧に笑った。
「ハク、一緒に飾りつけしようっ」
 と、金色の鈴をハクの手に押し付けた。

 金の鈴、銀の鈴。白い綿は雪の白。天使の人形、サンタの人形。ろうそくも飾り、赤と緑のリボンを飾る。ぐるぐると豆電球のついたコードを巻きつけると、電球をふんわりと覆うように綿を飾った。
存外に時間をくってしまって、部屋は薄い闇の中。
「ハク、電球つけるねっ」
 延長コードを引いたそれに、電飾のコンセントを突っ込んだ。途端、チカチカと瞬き始める色とりどりの小さな光。白い綿に包まれて、やわりやわりと部屋を照らした。
「綺麗だね、千尋」
「うん、綺麗だね」
 肩を並べてクリスマスツリーを見て、ふたりはふんわりと微笑んだ。
「千尋、最後の飾りが残っているよ」
「え、どれどれ。あ、お星様」
 クリスマスツリーのシンボル、金色した大きな星が、箱の片隅に残っていた。
「東の三賢者を神の子の居る地まで導いた、天の星だね」
 とハクは言い、千尋の手にそれを乗せた。
「お祝いの星なんだって」
 千尋はそれを、ハクの手に返した。
「ハクが飾って。お願い。わたしじゃぁ背が届かないもん」

 金色した大きなお星様。人々の平安を願って輝いた星。幸せを願って飾る星。
 わたしの星は、あの月の夜にハクの目の中に見つけたから、クリスマスツリーのお星様なんて欲しがらないの。



 一ヵ月後、油屋の屋根に雪が舞い降りた。