十歳の夏休み

アサノイロ キミノヒカリ




 油屋の朝は遅い。けれども、帳場の管理人の朝はとてもはやかった。闇が一番深い時間に起きだし、曙光の刻には一番はじめの仕事をこなす為に『天』へと赴く。
 そんな彼がまがりなりにも遅くまで――と言っても太陽がその姿をまるまる見せ終わったくらいであったが――自室でゆっくりとしていられるのは、月に一度の定休日の朝くらいだ。

 そんな定休日の朝、ハクはまぶたの上でちらりと弾けた光で目が覚めた。細い細い光の刺激がまぶたの上で踊っている。どうやら昨夜障子がきちんとしまっていなかったらしく、朝の白い光が差し込んでいるようだ。けれどもなにやら陽の光とはすこしばかり違う感触が、と思いつつ、ハクはまぶたを押し開けた。と、そこには、なんとも言えない光の乱舞が繰り広げられていて。指一本よりも細い、閉まりきっていない障子の隙間から朝の光が差し込んではいたが、それとも違う光のかけらがきらきらと部屋中に散らばっていて。無色透明のかけらや、青い光のかけらや、赤・緑・黄色やその中間色にわかれたかけらがきらきらと。
「あぁ、千尋の……」
 窓辺の上にゆっくりと視線をやると、そこには千尋がくれたクリスタルガラスの飾りがみっつぶら下がっている。親指の先ほどの、多面体に研磨された、透明度の高いガラス。細い糸で結わえられ、朝の光を通して光のかけらをふりまいている。
 窓辺から視線を移し殺風景な部屋の中を見ると、部屋の奥にまで光のかけらは届いていて、まるで知らない部屋であるかのような錯覚まで覚える。どこか無彩色で無機質な部屋に薄っすらと色がついたかのような。
『新しくできた雑貨屋さんでみつけたの!』
 嬉しげな声色で店の様子を語って聞かせながら、背伸びをして窓辺に飾りを結わえ付けていた後ろ姿が見えてきそうな。楽しげに跳ねる茶色い結わえ髪の先のようにゆらゆらゆれるガラス飾り。
 ハクは目を細めて、再び光のかけらをみた。氷細工のようにひやりと冷たかったガラスが朝日を浴びてあたたかな光のかけらをふりまいている。人の手がつくりだした人工物と自然があいまって生み出した、光の調和。綺麗な光の乱舞。自然にハクの口元が緩んだ。綺麗で、嬉しくて。これをくれた少女が『綺麗』だと思う心を持っていてくれることが嬉しくて。それを伝える相手の中に自分が含まれているのが素直に嬉しくて。

 きらきら、ちらちら。朝の色と君の光が部屋に満ちているこの幸福。