イノセント

昏き穴より
【11】




   【一】

 誰かが言った。
 男と女は太陽と月に喩えられるけれど、あなた達はふたりで太陽と月の関係だ、と。
 優しく残酷な闇月の者よ。
 苛烈なる火の太陽たる者よ。
 どちらも匙加減を間違えれば破滅へと向かう、周囲を混沌へと突き落として。
「それでもあなたには抑止せしものがあるではないか。あなたには指輪がある」
 誰かのその言葉の意味は、何年経とうともわからなかった。

   ◆◇◆

「臨時休業?」
 リンは貼りだされたばかりのその紙を見て、素っ頓狂な声をあげた。
「そう、臨時休業」
「……ダンスパーティとかじゃなくて?」
 紙を貼りだした千尋にリンは疑わしげな視線を向けるものの、千尋は曖昧な笑いを浮かべるだけであった。なにせその紙には、三日間連続の臨時休業と大きな字で書かれているのであるから。
「なになに。『尚、臨時休業の日は油屋及び不思議の町から従業員が出払う事を条件とします』だぁ? なに考えてんだあのバーサン」
 三日目の夜には全員出勤し、普段通り営業をするとも書かれている。
「なんだか、臨時休業なのにちょっとだけお手当てがでるんだって」
 どうしたんだろうね、湯婆婆様、変だよね? と千尋が首を傾げると
「ヘンどころか、あたいが来てからこんなヘンチクリンなお達しをみたのははじめてだって」
 ダンスパーティどころの話じゃない、とリンは腕組みをしながら貼り紙を睨みつけている。が、やがて頭をふりふりため息をついて
「ワンマン経営者の胸の内なんてわかりたくもねぇや。臨時休業でお手当てもでるってんならちょっと旅行にでも行こうかな」
 セン行かねぇか? と話を向けると、千尋はぶんぶんと頭をふった。
「ううん。ハクとね、珍しい河に行ってね、銭婆様の家に遊びに行くことになっているの」
 前からの約束だし、と千尋は口にしたが、リンはそれを聞いて眉間に皺を寄せた。
「おいおいおい、セン、喰われない様に気をつけろよ!」
 あんな穢れなんて知りませんなんて顔しておきながらあいつは竜なんだからな! と拳を握りしめるリンに向けて千尋はきょとんとした視線を向けた。
 食べるのは三色団子なんだけどなぁ。
 この後に及んでも意味の良くわかっていない千尋であった。
「って言うか、ハクまでが追い出されんのか……??」
 ますますもってアヤシイ動きだなぁあのバーサン、とリンは胸のうちで呟いた。


 初めてこちらの世界に来た時はまだ夏の残り香がかすかに漂う大気であったのに、もう季節はすっかりと秋になっていた。さすがにその中を竜の背に乗って飛行すればおのずと結果は見えているのであろうが、今大地を眼下にしている千尋はさして寒さを感じなかった。どうやらハクが魔法で空気に細工をしたらしく、風を切る感触はあるものの激しくはなく、冷たさもなかった。空気が薄い上空であっても息苦しさとも無縁であった。
「うわっぷ!」
 雲にしては低い場所にふわふわと浮かんでいた小雲に顔を突っ込んでしまい、千尋はそう叫ぶ。それに笑うかのように、ハクの鱗がさざめいた。なんとものんびりとした臨時休業一日目の光景である。
 そうこうしている内に、遠出の第一目的地である『円を描く河』に辿りついた。人間が生身で行けるだけぎりぎりの上空を飛んでもその円形加減を一望にできはしない程の大きさの河で、河に挟まれた中央には高い山があった。河にそって飛ぶと、いつまでもいつまでも河の行き先は山の反対側で、三十分も辿っていると、本当にこれは円を描いているのだと納得せざるを得なかった。
 遥か下の川面に秋の陽がきらきらと反射する様や紅葉した山を視界におさめて空を飛ぶのは楽しかったが、さすがに厭きもするし小腹も空いてくる。それを察したのか、ハクは竜身をくねらせて高度を徐々に下げ出した。斜めに大気を切るするどい感触に目を細めながら大地を見つめていると、そこに人家が見えてきた。現代日本では、とんとお目にかかれない茅葺屋根のそれと――その背後に広がる、大きなガラス張りの温室。なんとも違和感のある取り合わせであるが、その茅葺屋根の間近で暢気に翻っている『茶』と書かれたのぼりが一番おかしかった。誰がこんな所に茶を飲みに来るのだろうと首を傾げたくなるほど、周囲にはなにもないと今しがた確認したばかりであるからだ。第一、橋も架けられないほどの川幅なのだ、何の為にここに茶屋があるのかがそもそもの疑問であった。
 竜の背より降り立ち、その古ぼけさ加減に不信感を持つよりある意味感動した千尋は、ハクの言葉通り誰もいない茶屋で好々爺に抹茶を立ててもらい、三色団子を食べさせてもらって大変満足した。が、ハクと三色団子の違和感に笑いを必死に押さえる苦行がセットとなっており、大変苦労したのもまた事実であった。
「よく来たね、千尋。疲れていないかい?」
『円を描く河』より次に訪れたのは、銭婆の家であった。ハクにとっては忘れ去ってしまいたい経験であった『油屋・ハロウィーン・ダンスパーティ』の一件で親しくなった銭婆と千尋は、魔女の式を使って文通めいたことをしており、本日の来訪とあいなったのである。銭婆の身体に抱きつくようにして親愛の情がこもった挨拶をしているふたりは、孫と祖母か、はたまた、五年前のふたりの関係が蘇ったかのようであった。
「さぁ、まずはお茶をいれようねぇ。カオナシがシュー・ア・ラ・クレームを焼いたばかりなの。ふっくらと皮が膨らんでよい感じだよ」
 クリームにはキルシュをすこぅし垂らしてあるからとってもおいしいのよ、と銭婆は千尋を手招いた。
 火の入った暖炉がぱちぱちと音を立てていた。壁には、あたたかな色で纏められたパッチワークが飾られており、天井から良い香りのするドライフラワーが幾つもぶら下がっていた。その下には、ゆらゆらと黒い影を揺らしているカオナシ。あいもかわらず何も言いはしなかったが、あいもかわらず嬉しそうであった。
 銭婆手ずから淹れた茶やカオナシのシュー・ア・ラ・クレームを食べながら、千尋は久々にほっと息をついていた。『油屋』はたしかに彼女の生活圏であったが、それは多分に『仕事の為』の場所である。千尋が自覚する以上に、無意識の緊張度合いは高かったらしい。こうして『仕事』と関係ない場所にいると肩の力が抜けているのを感じ、年相応のお喋り好きな娘にもどっていた。そんな千尋を、ハクは目を細めてみていたのだが、話をふらない限り口を出してこないハクの視線に千尋は気がつけないでいた。
 それから、千尋とカオナシが台所に立ち、夕食を作ることとなった。母親の『台所を汚されるのが嫌』と言う理由で料理とはとんと縁のなかった千尋であったが、やはりこのままではいけないと思ってはいたらしく、率先してカオナシの手伝いに名乗りをあげたのである。カオナシは言葉を発せなくとも手振りで手順を教えた。料理の手順、どころか、包丁の持ち方すら危なっかしい千尋の手つきに銭婆は口を出そうかと一・二度腰をあげかけたものの、妙にやる気を出しているカオナシの言外の主張に引き下がった。どうやらカオナシの中での千尋は、教え甲斐のある生徒となってしまったらしい。視線をテーブルに転じれば、銭婆に借り受けた魔道書を繰るハク。銭婆は大人しく安楽椅子に深く腰を落ち着けなおし、編み物の続きをゆっくりとはじめた。
 やがてふたりの合同作として出来上がったのは、不細工な野菜の入ったポトフや、焼き過ぎた感のあるパンその他諸々であった。時間もすっかりと遅くなってしまっていたが、それに関して銭婆はなにも言わなかった。元から時間に追われて生活をしているわけではなかったのであるし、一日くらいこんなに夕食が遅くなってしまっても大して問題ではなかった。千尋とカオナシが一生懸命料理をした、その事実が嬉しいだけであるのだから。
 料理もあらかた片付き、食後のお茶をカオナシが淹れている間に、銭婆は奥の部屋から荷物を引っ張り出してきた。両手で抱えているそれに、千尋は首を傾げる。
「もうめっきり寒くなったからね、千尋の為にローブを作ったのよ」
 いくらハク竜が魔法で調整しても竜の背は寒いでしょう? と、銭婆はローブを千尋の肩へとかけた。黒一色に見えるが微妙に緑がかった厚手の生地に赤い裏地がついており、羽織ってみると膝あたりまですっぽりと覆われた。フードもついており、首元に大きな金の釦がみっつ並んでいてなかなかにおしゃれであった。
「魔女のローブみたい」
 嬉しくて頬を紅潮させた千尋は、ありがとうの言葉の次にそう感想を付け加えた。ローブを羽織ったままくるりと回転してみる。見習い魔女一名、と言った感じである。
「なんならこのまま、あたしの弟子になる?」
 くつくつと笑った銭婆のその台詞に慌てたのはハクであった。
「銭婆様っ!」
 慌てふためく竜の青年に苦笑を向け、銭婆は「残念だけど、千尋は無理ねぇ」と続けた。
「わたしじゃ魔女になれないの?」
 魔女も良いかもと思った千尋はしょぼくれた。
「えぇ。魔女や魔法使いは、本来『血』でなるものだから。ハク竜には素質があっただけ」
 こればっかりは努力や忍耐では解決しないわねぇと銭婆は顔を歪めて笑う。
「努力や忍耐だけでは、あたしが妹の得意とする術を身に付けることも、その逆もけして叶わないわねぇ。魔女や魔法使いになるには『血』が大きくものを言うけれど、得手不得手はさらに『血の属性』が幅を利かすから。あたしとあの子は双子だからかどうか知らないけれど、属性を取り合った感があって、あたしにないモノをあの子が、あの子にないモノをあたしが、と言った風になっているから。どんなに努力してもあの子のようになにもない所から『力』を取り出すなんて『力技』はあたしには到底無理だし……」
 あたしのように『命ないモノ』を操る術はあの子には難しい、と銭婆は続けた。
「そう言えばあの子、よくあなた達ふたり揃って休暇の許可なんて出したわね。びっくりしたよ」
「わたし達ふたりに、じゃなくて、油屋が三日間臨時休業になったんです」
 考えてみれば、どうして湯婆婆様は従業員全員外に出るように、なんて変な通達を出したのだろう、と千尋は首を傾げた。それを聞いた銭婆は、額に手をやって何かを考えているようであった。
「三日間もの臨時休業?! なにか気になるね……あぁもうっ! このあたりでなにかつっかえているのに出てこない」
 あたしも年だねぇなにか重要事を忘れている気がするのに、と銭婆は額をこつんっとひとはたきした。

   【二】

 火の入っていない暖炉では、あり得ない青白い炎が踊っていた。閉めきった深紅のカーテンすらも青く染めるその炎は、暖炉より出でて部屋中に小さく舞う。
 あるかないかの青い影をつくりながら、女は床に銀色の砂で円を描く。手にした壷から砂をひと掬いする毎に、ぶつぶつと言葉を呟きながら。砂は言霊を含んで豪奢な絨毯に降り立つと、白い煙をかすかに吐き出しながら鈍い金色の光を放つ線へと姿を変えやがて消え去った。かすかに絨毯が焦げる匂いが充満している。
 頭上に張り巡らされた細い細い糸にも炎は照り映えてキラキラと糸を輝かせていた。それは、女の毛髪を編み込んだ糸であった。
 机の上には白木の剣、銀の短剣、銀の鈴を連ねた環、分厚い本、それの上に置かれたしゃれこうべ、香炉、丸く磨いた水晶などが無造作に転がっている。
 誰もいないその部屋で、複雑な文字を、女には見える金色の円の上に黙々と描き続けていた。

   ◆◇◆

 なにかモヤモヤとしたものが身体に纏わりついてくる。それを銭婆は右手で一生懸命払いのけようとしているのだが、なぜかそれは他人事のようで、手の動きに反して意識はぼうっとしていた。
 右手だけを世話しなく動かしながら、大きな目をきょろりと動かして周囲を見る。暗闇だ。真の闇ではないのか、どこかぼんやりとしている。そうでなければおのれの手の動きを目で捉えるなど不可能だろう、と銭婆はやけに冷静に考え、はたと手をとめて瞬きをした。
「あたしは眠っていたはずだよ」
 嬉しい来訪者と遅くまでのんびりと話をし、今日はもう寝なさいと千尋とハクを部屋に案内して茶器を片付け、床に入った記憶が蘇ってくる。なればなぜおのれはここにいるのだろうと考え、じっと闇をみつめた。これは現実などではありえない、魔女であれば多かれ少なかれ経験のある『夢』の類であるのだと気がつく。モヤモヤとしたものは払いのけた銭婆を囲むようにふわふわと漂っていたが、払う意思が銭婆にないと判断するとまたもや身体にたかってきた。
 あぁそう言えば……と銭婆はふと思う。この感触には覚えがある。慕うように誘うように懐いてくるこの闇は妹の次におのれに近しい者達だ。けれども今日はその『日』ではないはず……と考えると、どこかこの夢の感触が他人事に感じられた理由が見えた気がした。
 銭婆は両手をぎゅっと握りしめ、
「起きなさい……起きなさい、はやく――目覚めなさい!」
 夢からの覚醒をおのれに促す為に、言霊を放った。


「起きなさい……起きなさい、はやく――目覚めなさい!」
 銭婆はおのれの声ではっと目覚め、跳ね起きるようにしてベッドから降り立った。もどかしく毛織りのスリッパに足を突っ込む。カーテンから朝日が差し込み、柔らかな色に銭婆の部屋を染めている。外では鳥が鳴いているのだろう、静寂の入る隙間もない程に賑やかな音がしていた。けれども銭婆はそれらに目もくれず、自室の扉を開け放つとまっすぐに客にあてがった片方の部屋の扉をノックした。
「ハク竜、起きていますか?!」
 その騒動に、その扉の内側の住人はおろか、千尋もカオナシもなにごとかと寝ぼけた顔を覗かせた。が、彼らは一瞬後にははっと表情を改めた。銭婆があまりにも――血の色を失った顔をしていた為に。
「ハク竜、急いで出発する準備を! 油屋で大変な事が起こります」
「どうしたのですか銭婆様? 一体なにが……」
 いつも穏やかな雰囲気を纏う魔女らしくないその様子に、ハクも目を見張った。銭婆は尚も「はやくはやく」と急き立てる。
「なにが起こっているのかははきとはわかりません。けれども……急がなければ。あの子が大変であるとしかわからなくて……」
「湯婆婆様が?」
「魔女や魔法使いには、本来『血』でなるのだと昨日話したね?」
 急いで身支度するハクに向けて、銭婆は両手を握りしめて言葉をかけた。
「はい。私の場合はたまたま『素質』があっただけだと……」
「ハク竜のような後天的な魔法使いは知らないだろうけど――天然の私達には重大な秘密があるのです」
 銭婆のその言葉に、ハクは動きをとめた。
「私達は後天的な魔法使い達より魔力を操る術に優れているけれど、ある条件が揃うと、一時無力に……力を失うのです」
 その条件も時間も失う具合も個々それぞれですが、それは誰にもあるのです。
「もしや……あの子の『それ』が今日ではないのかと……。双子であっても、そんな生死を分かつ重要事を教えあったりしません。その『時』になにが起こるかも個々それぞれ」
 あたしの場合は深い闇から幽鬼達が手招き、その誘惑にいつも必死で逆らっている……とは口にしなかった。そんな無駄話で貴重な時間を潰してもいられなかったのである。


 突然の銭婆の話に、竜は朝の冷たい空気を切り裂いて油屋へと向かっていた。背には深い緑色のローブをはためかせた人間の娘がいる。銭婆もハクも千尋が油屋へ向かうのをとめたが、頑として居残りを拒否した千尋であった。
「だって油屋はわたしの家だもの」
 それが理由であったらしいがその言葉にハクはなにも言えず、けしておのれの傍を離れないこと、を条件にだした。油屋でなにが起こっているのか……またはなにが起こるのかも予測できなかったが、銭婆のあの慌てようではそれなりの事象が起きるのではないかとハクは思っていた。
「なにが起きるのかとかは言えない。逆になにも起きないかもしれないのだから」
 もしかしたら湯婆婆の『その時』は穏やかに過ぎるのかもしれない……けれどもこの胸騒ぎは無視できないのだと銭婆は続けた。
「銭婆様はいかれないの?」
 心底心配している銭婆であるのに、彼女は自身が油屋に乗り込む意思はなさそうであった。銭婆はゆっくりと顔を振った。
「あたしとあの子は、属性を取りあっていると言ったでしょう。きっとあたしが今行けば状況は更に悪くなってしまうから……」
 だからお願い、と銭婆は続けた。
 千尋はきゅっと力を込めてハクの角を握りしめた。今までに経験がないほどのスピードで宙を駆ける竜の背では、鳥瞰図を楽しむ余裕など微塵もなかった。
 そうして『沼の底』から飛び続けどれだけ時間が経ったかもわからない頃に、ようやく見慣れた油屋を遠目に見分けられて千尋は内心でほっと息をついた。壮大な野原に拓けた町、そこにある一番大きな建造物はとても目立つ。ぐんぐんと町に近づき、竜は町の上空に達するまでに減速を試みた。
 千尋はようやくちらりと足元に広がる町を眺めやった。油屋の住人が湯婆婆のお達しでいないのは知っていたが、どうやら町に店を構える住人達も出払っているらしい。豆粒のような住人の姿をみつけるどころか、見下ろした町は死に絶えたかのようにひっそりとしていた。
 竜は下降する様子もなく、そのまま油屋へと向かっている。どうやら最上階へと寄り、そこにあるテラスで千尋を下ろし人型に戻るつもりであるらしい――が、あと少しで油屋へと達する距離で、竜は突然スピードをがくんっと落とした。ついで苦しげに身を捩ったのである。
「え……ハクッ!!」
 千尋はその唐突さに舌を噛まぬよう悲鳴を飲み込み、更に力を込めて竜の角を掴んだ。身体が上へ下へ無秩序に振り回される。その気持ち悪さに千尋は必死に耐えた。そうこうしている間にも、白い竜は宙をのたうちまわり、落下して行こうとする。竜はおのれの身体に突然起きた異変に驚愕するも、それでも尚抗って風に乗ろうとする。白い牙がずらりと並んだ口を開け咆哮した。それでも落下する身体を止められはしない。竜も千尋も覚悟を決めた。
 その瞬間、ふたりの視界の隅に、金色の点が光った。それはぐんぐんとこちらに近づき、ざしゅっと鋭い風切り音を発しながら竜の身体を掠めるように飛んでいき、赤い時計塔の方向へと飛び去った。
「!!」
 突然に身体の自由を取り戻した竜は、目を見張りつつも風を手繰って赤い太鼓橋のたもとへふわりと降り立つ。そして千尋を無事に地面へと下ろし、ついで人の身へと戻った。
「ハク……さっきのあれ、一体……」
 ふぅふぅと胸で息をする千尋に手を貸しながら、
「わからない。突然身体が拘束されて……」
 恐い思いをさせてしまったと謝るハクに、千尋はぶんぶんと頭を振った。
「ううん、大丈夫だから、いい。それよりも、さっきの、大きな鳥だったよね?」
 見えない糸に縛り付けられたような竜のそれを切り裂くようにして飛んでいった光は、千尋には巨大な鳥に見えた。
「あぁ。誰かが乗っていたようにも思えたけれど……。今は油屋に戻る方が先決だ」
 ハクは聳え立つ豪奢な油屋を仰ぎ見た。午前の太陽に照らされて、夜には覆い隠されているその古びたさまを目の当たりにする。建物脇から生えている大きな煙突はいつものように煙を吐き出しておらず、玄関にある滝も放水を止めているのか、轟く水音がない為にやけに静かである。下を電車が通り過ぎたのだろう、びりびりと太鼓橋がかすかに揺れた。ハクと千尋は慎重に太鼓橋を渡り、正面玄関へと辿り着いた。『臨時休業』の看板がでており、『ゆ』と大きく染め抜かれた紺色の暖簾は奥に片付けられているだけで、その他に異変はなかった。けれどもふたりは、それ以上油屋に入れずにいた。なぜなら、進もうとすると見えない壁に阻まれたからである。よく見ると、玄関内に小さな水晶の玉がみっつ、三角形を形作るようにして配置されているのに気がついた。
「これは……湯婆婆様の結界だ」
 ハクは舌打ちを禁じえなかった。千尋には見えないが、ハクの目には水晶を囲むようにして金色の円形が描かれているのが映っていた。二重に張られた師匠の結界を破るなど、いくら素質があり魔法使いとしてそこそこ認められてきたおのれであろうとも簡単ではない。そして同時に思う。あの魔女がこの様な行動に出るのならば、それだけ危険事が起こると彼女自身把握しているのだと。その中に人の娘を連れて行く危険にハクは躊躇いを持ったが、傍らでじっと水晶を睨みつけている千尋に退く意思はなさそうであった。
「ハク、他の入り口捜そう? 勝手口とかボイラー室から入れるかもしれないし」
 退く意思などかけらも持っていない娘の言葉に、ハクは頷くしかなかった。坪庭の引き戸、従業員の出入り口、賄場の勝手口にまわってみるものの、そこにも正面玄関同様の結界が張られているようであった。最後の手段としてボイラー室へと向かったふたりの頭上近くに太陽は昇り、影がどんどんと短くなる。階段の一番下に辿りつき、ハクは錆びの浮いた鉄製ドアのノブに手をかけた。千尋が見守る中それをゆっくりとまわすと、すんなりとドアが開いてしまう。
「ハク……行こう」
 大きくドアを押し広げる。ボイラーに火が入っていない為にひんやりとした空気が外に押し出される、と考えていたのであったが、ハクはそこにいる筈のない人物を見つけて心底驚いた。
「お爺さん!」
 踏み込んだボイラー室には、手あぶりにたくさんの手をかざして暖をとりながら茶をすすっているボイラー室の主がいたのである。驚いたのは釜爺も同じなのか、黒いサングラスがずり落ちそうになった。手の一本が手あぶりに触れたのか、小さく叫んで手を振り回す。
「お爺ちゃん、どうしてここに?!」
 ハクに続いて釜爺を発見した千尋も驚いた。なにせ、湯婆婆のお達しは『全員が油屋から出て行く』となっていたからである。
「それはこっちの台詞じゃわい。おまえ達、どうしてもどってきたんじゃ」
 今からなら間に合うか?! と釜爺は小さな明り取りを仰ぎ、無理かもしれんとうめいた。
「お爺さんは、湯婆婆様が此度のような命を皆に下したのか、その理由を知っているのですね?!」
「知ってどうすると言うんじゃ。人にはそれぞれ秘密がある。おまえ達はそれを暴きに来たのか?」
 いつも飄々としている釜爺が、今回ばかりは渋い顔をしている。たくさんの腕を組み、じろりとサングラスの奥からハクを睨んでいるのがわかった。
「いいえ。暴きに来たのではありません、助けに来たのです。銭婆様からの依頼で」
「そうか、銭婆もなにか思ったのか」
 釜爺は再び明り取りを見やった。油屋ができてから一度も拭かれていないのではないかと思わせるその窓から、黄色っぽい光が入ってくるだけである。
「ワシと湯婆婆の付き合いは結構古くてなぁ。ここにいる従業員で一番古いのがワシじゃが」
 明り取りを見やりながら、釜爺は重い口を開いた。
「湯婆婆が今回のお達しを出したのは、実は三回目じゃ」
 一度目は油屋建設の数年後、二度目はそれから十年ほど経った頃じゃったと釜爺は続ける。
「じゃが、本当は四度せねばならなかったんじゃなぁ、これが。けれども、油屋を開いて間もない頃の湯婆婆は、人払いせねばならない程の大事になるとは思ってもいなかったようで」
 その事件で油屋初期の従業員はワシを除いて全員が離散したんじゃよ、と釜爺は口髭をしごきながら言った。
「お爺さん、一体なにがあったんですか」
 どこかのんびりとした釜爺の昔話に痺れを切らしたのか、ハクがそう畳みかける。
「魔女が一時魔力を失う日があると知っておるか?」
 ハクと千尋が揃って頷くのを見てから、釜爺は明り取りに視線を戻す。なにやら太陽が雲に翳ったのか、光量が落ちた気がした。
「油屋での四度目のその日が、今日じゃ。そして湯婆婆が黒い影どもと真っ向から戦わねばならん日じゃ」
 一度目の時は不意打ちで、まだそんなに恨みを買っていなかったのも手伝って被害は少なかったが、それでもその怪異に怯えた従業員達は三々五々逃げ出した。当時の従業員と湯婆婆の関係は、今のそれらから考えると信じられないほど和気藹々としていたのだが、そんな従業員達ですら逃げ出したのだ。二度目・三度目と、一度目の経験に懲りた湯婆婆はなんとかひとりで乗り切ったらしい。
「ここには薬草――薬草とはすなわち霊草、穢れを払う香草でそれには事欠かない。影達はここには手が出せんのじゃ。だからおまえ達もここにいてやり過ごせ」
「お爺ちゃんは湯婆婆様の秘密を知っているのね?」
 釜爺は暫く逡巡した後、こくりと頷いた。
「魔女のその噂を後から知って、結果的にそうなのだと推測しただけじゃがの」
 湯婆婆が力を失う時。それは――気まぐれに起きるこの日蝕の時だと、釜爺はひっそりと口にした。


 そのすこし前、竜を助けるようにして飛び去った金色の巨鳥は時計塔の前に降り立っていた。傍らには小さな子供。
「ごめんよ、無理ばかりさせた」
 優しく金の胸毛を撫でる。それに甘えるように、鳥は鋭い目を和ませる。鷲に良く似た鳥の喉がくるる……と声を発する。
 子供は撫でる手を止め、町に視線を転じた。猛禽類であるこの鳥ですら町に近寄るのを畏れた程に、町に漂う大気は重く澱んでいる。見る者が見れば、それは一目瞭然であった。
「それじゃぁ、もう行くから。ありがとう」
 鳥の首にぎゅっと抱きついてから、子供はそう言い置いて町へと駆けて行った。震えそうになる足を叱咤しながら、走った。よく知っている、その町を。
 太陽は頂点に差しかかろうとしていた。

   【三】

 陽は昇る。いつもとなんら変わりなく頂点を目指す。けれどもそれに強く支配される女や――女に強い力でもって戒めを受けていたモノ達は敏感に違和感を感じ取っていた。この太陽は、じきにその姿を隠す。月にその光を遮られ、暗黒の星となる。
 暗い穴の底で蠢いていた無数の影達は、薄いその身体をゆらゆらと揺らせて歓喜の声をあげていた。あと少しで太陽は翳り始め、完全にその姿を隠す。徐々に弱りつつある魔女の戒めがそれを証し立てている――
 濁った、目とも言えぬ目を爛々と輝かせながら、影のひとりが傍らで同じように手を揺らめかせる同じ生き物にふらりと覆い被さった。口とも言えない口を大きく広げ、頭から飲み込もうと細い手で抵抗を封じ込め、やがて丸呑みした。まわりでは同様に、隣に立つ者を次々と飲み込んでいる影が居り、一気に半分になったそれらは更に相手を視界に入れると襲いかかった。共食いであった。
 声とも唸りとも叫びとも言えない音が深く暗い穴の中に充満し、ひそやかに身食いの饗宴は繰り広げられた。いつしか彼らの口には身体の奥に同じ生き物を巻き込む為の毒々しく赤い舌が生まれ、弱い者を飲み込み咀嚼する為の醜い歯が生えていた。
 がぁぁぁぁぁ……
 やがて残ったのは、濁った闇色をした、巨大な四足の生き物であった。臭気を吐き出す歪んだ口から迸るのは獣の咆哮。ぽたぽたと闇の雫が彼の足元に水溜りとなっては気味悪く蠢く。
 血の赤に光る大きな目をぎょろりと上に向け、影のなれの果てはゆっくりと壁に手をかけてその身体を持ち上げ始めた。
 ずりゅずりゅ……じゅる……べちゃり……と薄汚い水音が穴の中に生まれては取り残された。


 そしてとうとう、太陽は月影にその真円を侵食され始める。徐々に欠けて行く光。地上に熱を振り撒いていた太陽はじりじりと神々しさを失い、遠い空には真昼の星がちらちらと瞬き始める。夕焼けを待たずに夜の色へと染まっていく空。
『天』を目指して這い登るのは、黒い獣。
『天』を目指して走るのは、竜と人の子。
 そして『天』を目指して走る者がもうひとり……それは、小さな子供であった。


 湯婆婆は、書斎の床に開いた穴から這い出てきた者に向けて、環から銀の鈴を毟り取って投げつけた。張り巡らされた彼女の髪に絡まり動きを封じられた獣は苦しげにうめく。見ると、鈴は黒い身体にめり込み、その箇所をジュウジュウと音たてて焼いている。髪もその細さからは考えられぬほどの強さでもって魔を封じていた。その鈴も髪も、湯婆婆があらかじめ魔力を込めた品であった。髪は油屋の宙空にも張り巡らされており、竜の身の自由を奪ったのもそれ。
 黒い獣が悶えている間に湯婆婆は書斎机に駆け寄り、香炉に銀色の灰を投げ入れた。途端に立ち昇る金色の煙。それには闇を払う力があった。けれどもその煙は獣の気を荒げてしまったらしい、今までにない凶暴な咆哮を迸らせながら、獣は激しく身を捩った。ぷつんっと小さな音が連続し、獣は自由になった両手を振り回し湯婆婆へと迫ろうとした。辛うじて両足は床に縛り付けられたままであったので、湯婆婆は机より白木の剣と銀の短剣を掴み取り暖炉へと逃げた。
「不甲斐ないねぇ。そんなんであたしを殺そうと言うのかい?」
 湯婆婆には見える金色の円陣に足をとられゆらゆらと手を伸ばす影に向けて、彼女は口を歪めて笑った。けれども、湯婆婆の息もすっかりあがっていた。冷や汗がつっと額を滑り落ちる。
 影の大きさは、彼女が買った恨みの大きさだ。彼女が今戦っているのは、今までの彼女が背負った他者の負の念そのものなのである。対して彼女はなんの力も持たない女の身になりさがっていた。それでも彼女は後悔などしないのである。なぜなら、どう足掻いても彼女はこのようにしか生きられないとわかっていたからだ。
 ちらりと窓を見る。あたりはすっかりと暗くなっていた。
 あと……すこし。
 湯婆婆は胸中で呟いた。太陽が月に覆われるまでが『太陽が死ぬ時間』であり、それが僅かでも過ぎれば『太陽が生まれる時間』に転ずる。そうなれば力関係は一気に逆転するのだと湯婆婆は知っていた。だが、それを知るのは影も同じであった。残り時間が少ないと判断すると、影は足の部分をぶちぶちと嫌な音をさせながら切断し、そのままの勢いで湯婆婆へと襲い掛かったのである。
 暖炉に背中を押しつけ、湯婆婆は白木の剣と銀の短剣を構えた。視界いっぱいに広がり、おのれをそのまま飲み込もうとする影に、湯婆婆は渾身の力を込めニ振りの剣をねじ込んだ。けれども影はびくともせず、あくまでそのまま彼女を飲み込もうとする。狂乱したのか、獣は血とも言えない黒い液体を口から振り撒き、甲高い笑い声をあげた。
「く……っ!」
 剣の柄を掴み捻りあげる手が闇に捕まり、湯婆婆は眉をしかめた。左右はすっかり解け崩れ広がった影にふさがれ、退路と言えば火の入っていない暖炉しかない。しかし彼女は背後には目もくれず、剣の先だけを見つめ、なんとかこの影の心臓部とも言える箇所を貫こうとして剣を動かそうと試みる。が、影はそんな彼女の動きを見越したのか、一瞬身体を硬直させると、一気に溶解を速めてずしゃずしゃとおのれの身体すべてで湯婆婆を飲み込もうとした。剣を持つ腕も、逃げようとする足も、言霊を発する口までもが闇に覆い尽くされようとしたその瞬間――湯婆婆はあり得ない光を――見た。
 ぐぁぁぁぁぁ……っ!!
 獣は突然背後から襲いかかってきた眩い光にたじろぎ、溶解を一瞬でやめて固形に戻り、闇へともどろうと身を捩った。けれども身体の中心が引き攣れてうまくもどれずに、咆哮をあげた。白木と銀の剣に挟まれた空間に光が留まっていた。
「は……ハクっ!」
 取り込まれた影から転がり出た湯婆婆は、大きく息を吸った後にそう叫んだ。書斎の扉の向こうに見つけた、いるはずのない弟子の姿に大きく目を見開く。
「湯婆婆様、大丈夫ですか?!」
 両手を胸の前に構え光を生み出す魔法を使ったらしいハクのその様子に、湯婆婆は怒声をあげようと口を開いて――やめた。おかしくなってきたのだ。この弟子は愚かだ。自分自身がどんなにあくどい女であるのか知っているだろうこの弟子は、なにを思うのかおのれを助けた。馬鹿馬鹿しくなった。
「なんだい……あたしはいつでもひとりでやってきたんだよ」
 それなのにいつのまにこんな馬鹿な弟子なんてもっちまっていたんだい。こんな血相変えて、空気の色さえおかしくなっちまっているここに戻ってくる大馬鹿な弟子なんて、いつのまに傍にいたんだい?! 湯婆婆は、ハクの後ろに人の娘を見つけて、更におかしくなって口の端を歪めて笑った。お人よしにも程があるだろう、と。
 湯婆婆は心のどこかがぬるま湯につかったような気持ちになった。けれども、彼女はここで油断するべきではなかった。なぜなら、影は黒い穴に逃げ込もうとその身を半分滑り込ませていたが、金の円陣に囚われていた半身はうぞうぞと蠢いていた。そして湯婆婆のその油断を感じ取ると、逃げる上半身と湯婆婆に向けて、身体に巻きついていた糸を大きく幾数の触手を伸び上がらせて投げかけたのである。
「湯婆婆様!」
 その動きにはハクですら対応ができなかった。それ程に予測のつかない影の動きだったのである。湯婆婆自身を絡めとった糸の端をがっちりと握り込んだ上半身は、狂笑をあげながら穴へとまっしぐらに身を躍らせた。伸ばしたハクの手を掠めて湯婆婆の身も穴に吸い込まれていく。
「湯婆婆様ッ!!」
 太陽に強く支配される女が暗い穴に身を隠した瞬間、太陽すらも月の影に完全に隠れたのか、窓の外は暗い世界となっていた。
「いやぁぁぁっ!」
 その腐臭がわかるのか、部屋の内側にけして入ってこない千尋がそう叫んだのが聞こえて、ハクはそのまま穴に飛び込もうとしていた自分を律した。これ以上この穴に踏み込むのは、ハクにとっても自殺行為に等しかった。戒めを解かれた完全なるあの獣と対峙して完全な勝利を掴む可能性がない限り、今のハクにこの穴に飛び込むことはできなかったのだ。
 そんな彼のすぐ横で小さな風が巻き起こったのを、ハクは躊躇いに惑わされた意識の端で捉え、はっと顔を上げた。そこには、小さな、子供。
「バーバ! ダメだ、帰って来て!!」
 子供が、そう穴に向けて叫び、届かぬとは知りながらも小さな手を一生懸命に伸ばす。
「バーバッ!!」
 子供の叫びが穴いっぱいに響き渡る。
 次の瞬間、深く黒い穴の奥底にきらきらと小さな光が瞬き、ついで大きな光となって立ち昇った。それはまるで、暗雲の隙間から差し込んだ細い太陽の光のような色であった。それはまっすぐと子供の手の先へと向かって線を描く。
「バーバ……」
 起こったのと同じ唐突さでもって掻き消えた光の柱の中には、普段と変わりない湯婆婆の姿があった。湯婆婆は、誰もが見たことのない優しい笑みを子供に向けた。
「あたしの指輪が空にかかったんだ、帰ってこないわけには行かないよ……日向」
 湯婆婆は小さく呟くと、大きな身体で小さな子供をぎゅうと抱きしめる。
 湯婆婆は知っていた。子供が叫んだあの瞬間、空には太陽の指輪がかかり、大粒のダイヤモンドリングとなった事を。日向――『光に向く』の名の通り、彼女の大切な太陽の子供に救われたのだと、知った。
 昏き穴より光沸き立ち、高き天より光降り注いだ瞬間であった。

   ◆◇◆

 千尋の手には、さるぼぼの親戚のような形をした河童のぬいぐるみが存在していた。
「で、あたいは河童見物に行ってたんだな。でもってこっちが、キュウリにつけて食うとうまいモロミ」
 飯にのせて食ってもうまいぞ、とリンはその土産を千尋におしつけた。どうやら、三日間の臨時休業に旅行に行くと言っていたのを本当に実行したらしい。
「センの方はどうだった? 三日間もあのハクサマと一緒じゃぁ息がつまっただろ?」
 それともなんか変なコトされたか? されたんなら遠慮なく言えよぶっとばしてやるからな! とリンは握りこぶしを作った。
「三日間? 前半は、珍しい河を見に行ってお団子食べてー、銭婆様の家でおいしいものたくさん頂いてね」
 いいなぁうまいもん食い倒しだったのかそれもいいよなぁ、で後半は? とのリンの言葉に、千尋はこうつけくわえた。
「後半は、ミステリーとアクションの旅だったかもしれないなぁ」
 なんだよそれ、事細かく詳細を教えろーと身体全体でのしかかる様にして腕を伸ばしてきたリンのそれをかいくぐりながら、
「ダメだよー。謎は謎のままでないと面白くないのですっ」
 と笑った。
「謎と言えば、日向サマもいつのまにか帰ってきてるしなぁ」
 今回は謎の臨時休業に始まって謎ばっかりで終わったなぁ、とリンはごちた。