イノセント 番外

贈 物




 油屋に棲息する帳場の管理人は経営者の手下でもあって、ちょこちょこと出張だったり遠出に出されていたりした。空を飛べる生き物であるだけに、交通費もかからない便利な手下と湯婆婆に思われていること必至なこき使われようである。
 油屋の営業時間外の午前中に遠出に出させ、夕方からはいつも通りに仕事に出ても、強靭な竜であるので疲れたの一言も言わせないのであるし。なんとも使い勝手の良い生き物である。

 そんな彼には最近妙な楽しみができた。遠くの町に出かけた折には、土産物を購入する楽しみだ。以前は出張であろうが遠出であろうが行って用事を済ませれば直帰――たまにさぼったりもする放浪癖も出ていたとは言え――土産物を覗くなどありはしなかったことだ。なんとなし、そんな環境にいる自分自身にほのぼのとなってくる白皙の美貌をした青年のうちっかわである。
 それでもって、毎回毎回数日の別れていた時間を埋めるかのような熱い抱擁――だけでは済まないとは思われるが面倒なので割愛――の後に、いそいそとその土産物を取り出して、千尋に手渡す管理人。
 けれど、千尋はその土産物を見て、内心げんなりとしていた。
「ねぇハク、おみやをくれるのは嬉しいけれど……どうして毎回これなの?」
「そなたに似合うと思ったからだよ」
 妙に子供っぽいにこにこな笑みで言いきられてしまうが、千尋はげんなりさが更に深くなるばかりだった。何故なら、彼女の手の平の上に転がっていたのは、花の形をした七宝細工が施された、髪止め。
「だからと言って毎回毎回髪止めを貰っても……」
 どんなに工夫しても使用できる個数だって限られているのだし、髪止めなんてみっつかよっつ、多くてむっつかななつでいいんですけど……日替わりで一個程度でいいんですけど、となかなか言い出せない気になるのだ、この妙に外見とは似合わない、無邪気な子供のような笑みを見てしまうと。
 けれどもけれども、髪止めももう幾つ目になるのやら、思い出せないのだけれど。オレンジ色のガラスの花がついた銀細工の髪止めをもらったのはそう遠い昔ではない。あれを貰うまでは髪止めを買わなきゃなぁと思いつつ、髪止めのない不便さに困っていたのが嘘のようだった。今はその処分に困っているなんて、それこそうそのようだ。
『綺麗にラッピングして誕生日のプレゼントとしてばら撒こうかしら』
 ふと考えて、ばらまく相手もハクと接点のある人達ばかりだし、彼女達はどちらかと言うと和装が似合うので、洋装向けの髪止めはどうかとも思うけれど。
 うむむ、ありがた迷惑の際どい水準をうろうろしているわ、これは。
 内心で唸っている千尋の心境など知らず、ひとりにこにことしている管理人。

 かつて昇降機前の裸電球に照らされた彼女の姿に、花冠をかぶっているようだと思い、それ以降彼女の頭に花冠を載せてみたくて仕方がなかったりする管理人。
 でも、髪を編むことはできても花冠など不器用で編めないだろうとわかりきっているので、花の髪止めで代用している、実は照れ屋な帳場の管理人なのだった。

 彼女になんて思われているかなんてのは知らぬが花であるし、彼のささやかな野望を彼女が知った時どれだけ砂を吐くことになるかも――知らぬが花だったりするけれど(笑)。