イノセント 番外

Trick or Treat2




 秋も深まったある日、帳場の管理人は廊下の中頃で足をとめ、窓の外の秋色景色をぼんやりと眺めやり安堵のため息を人知れず深々と吐き出していた。なぜなら、本日は十月末某日。一年前の今頃を徒然と思い出せば、そのため息の深さも納得できると言うものだ。なにせ、昨年の今頃は、いくら強靭な竜と言えどもげっそりする状況であったのだし。あの、思い出すだけでも忌まわしい……ハロウィーン・ダンスパーティー。
 けれども今年は、あの、無駄にイベント好きなワンマン経営者はそれどころではないらくし、なにも言ってこない。無事に今日が過ぎることを祈るばかりだ……と、元神の身であるハクがどこぞの神様に祈っている時に、廊下の端からひょっこりと頭が覗いた。この町では珍しい、茶色い髪が――と言うか、頭だけが覗いている状態なのだが。
「千尋?」
 なにをしているのなにを? と思っていると、ぴゅっとその頭を一度引っ込めて、ぱっと飛び出すように姿をあらわした人の娘――なのだが。
「トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
 その姿は、この油屋で唯一の従業員であるからして洋装ではあったけれど、なぜかレトロな黒づくめの物で。肩には、あの夏の日から姿を元にもどしていないはずであったはえ鳥が元の姿で留まっており、異様さを醸し出していた。
「……魔女?」
 思わず半眼で彼女達のいでたちを眺め、なんだか状況がわかる気がしてきた帳場の管理人。あの経営者、今年は千尋に魔女変装をさせて『どこに出没するかわからない洋装の従業員一日限定魔女コスプレ企画』とでも銘打っているに違いない。しかも、ハロウィーンと言えば千尋も言うように『トリック・オア・トリート』である。元から『頂き物大魔王』である彼女が『なにか頂戴!』と練り歩けばどうなることやら。考えるだけでも恐ろしい。
「そう! 魔女コスプレなの!」
 これはこれで楽しんでいるらしい洋装の従業員、声が弾んでいる。くるりと一蹴して見せるドレスの裾さえ嬉しげに弾んでいた。が、なにか哀しくもなってくる帳場の管理人でもあった。
「でね、お菓子をくれなきゃイタズラするんですけど」
 ちょーだい、と無邪気に差し出された右の手の平と千尋の顔を交互に眺め、本当にあの経営者は! と心底脱力する。
 けれどもとりあえずハクはごそごそと懐から小さな巾着を取り出してそのちょーだい手の上においてやった。
「悪戯されるのは勘弁して欲しいからね」

   ◆◇◆

 では私は急ぐから。と言い置いて廊下の先に管理人が消えた後、千尋はちょーだいポーズで固まってしまった身体をぎくしゃくと動かして巾着を覗いてみた。中には昔懐かしカンロ飴や塩飴や抹茶飴や、お豆さんなどが入っていて。
「…………携帯おやつ」
 と魂を半分以上体外に排出しながら呟くのであった。見た目と中身の差が激しすぎるよ、この人(泣)。しかも、珍しくかぼちゃクッキーなんて洋物も入っているし。実は楽しみにしていたりしたのだろうか、この人(泣)。


 万聖節の前夜にこの世の者とも思えない者にであったのは、結局どちらだったのか。よくわからないハロウィーンなのでありました。


2003/10/26



いつもお世話になっておりますだだむしさんの南瓜祭りに乗っかって無理矢理送りつけました(いつもすみません)駄文と同じ設定の『イノセント』バージョンでお送りしました(だから『2』なんです。『1』は南瓜祭りでどうぞ)。
本編から一年後のハロウィーンです。とりあえず今年はダンスなどの無茶はさせられなかった管理人、来年はどうだか知りませんが(笑)。