『恋』の字の『心』は下心と誰かが歌ってた。
『心』を受けとってぎゅっと抱きしめると『愛』になるんだって先生が説明してた。
『好き』の字は『女の子』と書くから、『好き』になるのは古来より女の子が最初――――
 

【 1 】


 ドキッとした。
 顔がどんどん真っ赤になっていくのがわかる。
 とんっと1回大きく波打った心臓、そのまま駆け足を続けてる。全身に流れている血がざわざわしてる。
「はっはく! て!」
 て、はなしてよぉ〜〜! とかもう言葉も出ないし、浮かぶ単語が漢字ですらない。これじゃぁ馬鹿な子みたい〜〜!
 頭に浮かぶ単語が平仮名ってことよりも、今のわたしの状況の方がキョドウフシン気味で。だって、ハクに手を取られて、顔だけじゃなくて指の先まで真っ赤だし、顔は思いっきり勢いよくハクからそむけちゃったし、言葉は言葉になっていないし。
「千尋?」
 わたしの顔を覗きこむようにしてハクが顔を近づけてくるし〜〜っ。ほんのすこし首を傾けているので、すっきりした頬のラインが間近になるしっ。
「どうしたの、顔が赤いけれど?」
 横目でちらっとみたハクの顔には『心配』って色しかなくて。自意識過剰になっちゃっている自分を更に意識しちゃって。
「あ、あ、ハク! リンさんにお仕事頼まれてたの思い出しちゃった! 先にもどるねっ!」
 なんてめいっぱい力込めて叫んじゃって、手を奪取した勢いでダッシュした。なんて駄洒落やってる場合じゃないの〜〜! と心の中で叫びながらわたしは中庭から油屋へと駆け込んだ。ハク、絶対不審がってる、不思議がってるーッとは思いながらもなんのフォローもできないよぉ。
 どうしてこうなっちゃったんだろう(泣)。


 そもそも、今はお昼時間で、ハクと一緒にお話してたんだよ。綺麗に咲いた牡丹の近くで。いつものように学校のことや友達のことをお話してて、ハクからはわたしがいない間の油屋の話なんかを教えてもらって。もうずーっとずーと何年も繰り返している、わたしにとっての日常。
 なのに、なんで今日に限ってダメだったんだろう? ハクに手を取られたから? それも、言ってみれば普通のことなのに。今までだって何回も手を繋いだりしてたのに。
 それに、だって、学校の授業で手を怪我したって話したら
「大丈夫?!」
 と慌てた風に手を握られただけなのだし。心配、してくれての行動なのに、なんでか真っ赤になっちゃって。自分でも予想しない反応してしまったり。それにとてもうろたえてしまって。
 怪我したのは二週間も前だし、怪我したって言ってもほんのちょこっと擦りむいただけなんだし、もう全然大丈夫。そう言いたいのに、口から出てきたのは漢字でもない間抜けな平仮名(泣)。
「あぁもういやぁ」
 もぞもぞと暗闇に身体を押し込んでしくしく泣いていたら、突然がらっと戸がひかれ光がさし込んで来て
「だんご虫めっけ」
 とリンさんの声が。ぎゃぁっ見つかった! って言うかだんご虫?!
「やっとみつけたと思ったら、こんなせせ苦しいところでなんのつもりだ? セン、そのだんご虫」
 すんごい呆れた口調で言われて。
「……」
 や、たしかに狭いよ。なにせここは蒲団をぎゅうぎゅうに積み上げた蒲団部屋。しかも蒲団の山に埋もれるようにして、戸に背中を丸めて、だんご虫してましたから。
 自分でもだんご虫みたいとか思っていたけれども
「せめて亀さんと言って欲しい」
 はっきりと指摘しないで欲しい。
「だんご虫で充分だっての! さ、行くぞ、仕事がもうじきはじまるんだから。遅れたら上役どもが鬱陶しいぞ」
 がっし! と襟首を容赦なく引っ掴まれて戸にずるずる引っ張られた。ので、反射的にやーんやだー! と蒲団の山にしがみついたら、ずずずずっと低音で蒲団の山が崩れそうになったので
「わ、わ、セン、やめろっ」
 とリンさんが手を離してくれた。わたしは蒲団の山にまだしがみついている。だんご虫からセミになった気分だ。じと目でリンさんをみつめてしまう。
「わかった、わかったからっ! そのぶす顔やめて仕事にくるか、理由を話してぶす顔続けるかどっちか決めろ!」
 え、絶対にそれどっちかに決めなきゃならないの?!
「理由を話してぶす顔やめるってのはないの?!」
「遠慮するな、ぶす顔は続けてろ」
 中途半端は嫌いだね、とリンさんが。
「さぁ話せ、今すぐ話せ、とっとと話せ」
 ……リンさん、鬼だ(泣)。