【 2 】




「はぁ? ハクに変な態度取ったぁ?」
 別にいいじゃねぇかそれくらい、あいつの行動はいつもとてつもなく変でキョドウフシンなんだし。
 なんてリンさんが酷評する。ハク、とてつもなく変でキョドウフシンなんて言われているよ、どうする?
 わたしとリンさんはあれから戸を閉めて、隙間からもれてくる光だけを明かりにして蒲団部屋に居付いてしまった。よく干してしまっているはずである蒲団はどこかじめっとしていて、そこにしゃがみ込んでいるとなにやら息苦しい。
「で、でも、すっごく変な態度だったんだから! 突然暑くなっちゃうし、思いっきり顔そむけちゃうし、手とか離してって思っちゃうし、リンさんをいいわけにしてハクから逃げてきちゃうし」
 言葉は平仮名だし、それすらも出てこないし。ハク、絶対に不審がってるよー! と蒲団の山に突っ伏したら
「俺をいいわけにすなってーの!」
 とリンさんに突っ込まれた。おまけに「暑いって気温のせいにするなっての!」と付け加えられた。
「リンさ〜〜ん! どうしたらいいのぉぉぉっ!」
 わたしはもうどうしたらよいやらもわからないし自分のことがよくわかりもしなかったので、目の前にあるしっかりとしたリンさんにがっしとしがみついた。そしたらなぜか涙が出てきてしまってわんわん泣いてしまった。
「わ、バカっセン、泣くな!」
 リンさんがなにやらわたわたと叫んでいるけど、涙なんてとめようと思ってもとまらないよー!
「ふぇぇぇぇぇんっ」
 わたしは更に激しく泣いてしまった。
「わわっ! 鼻水つけんなーっ!」
 センっこれ洗って返せよなぁ! とリンさんが。
「びぇぇぇぇぇぇんっ!」
 ここは黙って胸を貸してくれるもんじゃないのー?! リンさんのオニーっ!!

   ◆◇◆

 なんとか仕事開始までに体裁を整えて駆けつけた仕事だったけれど、泣きすぎてむくれた顔ではやる気なんて底辺掘り下げ状態で、こけるわ滑るわミスするわで大変だった(リンさんがさりげなく「落ち込むなセン、いつも通りだ、かわりない」とか言うしーっ)。『話さないでぶす顔続ける』を選択したわけじゃないのに、素晴らしくぶす顔だった。兄役さんが「セン、そのぶす顔なんとかならんのか?」とか心底呆れ果てた口調で突っ込んでくるし。
 ハクが、見かねたのか本気で怒っているのかわからない表情で
「セン、仕事が終わったら私の部屋に来なさい」
 なんて言ってくるし。うわーん、昼間のこともあるから絶対お小言頂いちゃうんだー(泣)。自業自得なんだけど、そうなんだけどーっ。
 なんてぐるぐる悩んでいても仕方がないので覚悟を決めて仕事終わりに立ち寄ったハクの部屋は、いつも通りのハクの部屋だった。本棚と、たくさんの本と、机と、寝具。大きいものでも箪笥がひと棹くらい。あんまり物に頓着しない性格を素晴らしくあらわしていて殺風景。その殺風景な部屋を行燈の明かりが柔らかく照らしていて、それでようやく『人が生活している部屋』だと思えるような。
 けれども今日のわたしはそんな物を見ている余裕はなかった。いつも通りにすすめられた座蒲団の後ろの方に(……)おずおずと座り、ただひたすらに目の前の物体を見つめている。目の前には、どうやらわたし専用になっているらしいウサギ柄の湯呑みと(……)、小皿によそられた
「おだんご……」
 ――虫?
「お客様から頂いたんだ。甘い物は好きだったろう?」
 そう言葉を続けてくれるハクの声にはお小言が出てきそうな雰囲気はみじんこほどもなかったけれど、なんだか目の前のおだんごを見ていると内心冷や汗ダラダラで。まさか、蒲団部屋での会話を全部ハクが聞いていたんじゃないでしょうね? って勘繰るほどに、目の前にあるのは正真正銘のおだんごだった。黒胡麻がまぶしてある、美味しそうな胡麻団子なんだけど、素直に手を伸ばせない。胡麻がだんご虫に見える……末期症状だ、これは。
「は……ハク、お話って??」
 うろうろうろたえたまま、なんとか話を終わらせて大部屋に帰りたくて仕方ないので、どもりつっかえなんとか聞いてみるけれど。
「うん、仕事中顔色が悪かったから。どうしたのかと思って」
 そこには、お昼休みのキョドウフシン満載の行動に対する疑問とかは一切なくて。
「心配、だったから」
 ここはハクの、殺風景な部屋。なのに、行燈の明かりがハクの片頬照らしていて、なんだかとても綺麗だった。『心配』の言葉通り、本気で心配してくれているハクの表情に気がついて。うろうろと右に左に右往左往していたわたしの心がぴたっと動きをとめてしまう。綺麗だなぁってぼんやりと思ってしまう。
 そんなことをぼんやりと思っていたら、いつの間にか、ハクに手を取られてた。『繊手』ってのはまさにハクの手のことだと思わずにいられない白くて細い手が、わたしの子供っぽい手を取っていた。
「怪我は本当に大丈夫そうだね。良かった」
 その言葉は、とまったままのわたしの心に――突き刺さった。