【 3 】




 ハクは好きだ。とっても好きだ。子供の頃から大好きだ。
 
 ハクの部屋の戸を一歩外に出ると、そこはひんやりと冷たい廊下で。薄暗くて怖い感じがする。戸の向こう側が殺風景でも柔らかくて優しくて落ちついていてあたたかかったから、尚更にそう感じてしまう。ハクの部屋は好きだ。すっきりと何もないけれど、大好きだ。
 ハクの色々なところが好きだ。でも、その『好き』は友達の『好き』とか、お兄ちゃんのような『好き』
 本当はずっと思ってた。ハクをそれとかとは違う『好き』になっちゃダメだって。……そう思っている頃からもう本当は違っていたのかもしれないけれど。無意識に否定していたのかもしれないけれど。
 ハクが好きだ。好きになっちゃってた。ダメだって思ってたのに。
「ハクはきっと絶対キケンだ」
 そう感じてたのに。


「リンさ〜〜ん!」
 もう寝支度もすっかりと終わり、皆蒲団にごそごそと入り出した時刻に戻ってきたわたしは、眠たげな皆なんて目に入らず、リンさんに一直線に抱きついた。ぐぇって蛙が潰れたような声が聞こえたけれど構ってらんなかった。
「なーんーだーよーっ! センっ!!」
「リンさ〜〜んっ! どうしたらいいのぉぉぉぉ!」
 ふぇぇぇぇぇぇぇん!
 わたしは迷惑そうな皆の視線なんてもちろん知るわけもなく、リンさんに抱きついてわんわんと泣いちゃって。
 ぎょっとした顔で飛び起きた皆に
「とうとうハクサマがセンにオイタしたんだ!」
「こんな純な子に手ぇ出すなんて、ひどい上役だ」
「最近油屋の風紀が乱れてわ、ユバーバ様にかけあわないと!」
 とかすみっこで面白げにひそひそ話されているのにももちろん気がつかなかった。

   ◆◇◆

「ハク、ハク、ごめんね」
 翌日、話がどう伝わったのか、ハクは湯婆婆に謹慎をくらっていた。油屋の風紀をいちじるしく乱した罰として自室にこもって書類の整理に没頭しろとか命令されちゃって。これってひょっとしてとかのレベルじゃなくて絶対わたしのせいだよね? ハク、なんにも悪くないのに、わたしが悪いのに。
 なのに、そうかけあっても皆信じてくれなくて。
「あんな色ぼけ上司をかばわなくていいんだよ、セン」
 とはリンさんだ。
「だいたいあいつ、なにかにかこつけてセンを自室にひっぱりこんでんの、絶対おかしいって」
 職権乱用も乱れすぎてるんだからたまにはいいんだよ、とか言うしー。
「セン、女だからって泣き寝入りしてちゃいけない時代なんだよ。あんなに泣くほどイヤなんだったらこれくらい当たり前なんだから」
 とはお姉様方だ。
「だから違うんです〜〜!」
 って握りこぶしめいっぱいに叫んでも
「若いっていーねーお熱いねー。あんたがハクサマをにくからず思っているってのは油屋中の誰もが知ってるから安心しな」
 盛大なる勘違いのままで
「ちゃんとわかってるさ〜♪」
 と妙に嬉しそうだし(泣)。絶対に面白がられてる(泣)。
 だから、いわれのない理由で謹慎くらっているハクの部屋の戸に背を預けて、わたしはハクに謝ったりしていた。冷たい廊下にお尻をつけているとじんっと冷たいけれど、こんなの、ハクの状況に比べたらなんでもなくて。
「いいよ。誤解されても仕方ないことをしたのは事実だし」
 それよりもそなたが悪く言われるのではなくて良かった。
 と言われて、お尻どころか目元までじんっとしてしまった。
 ハク、優しすぎるよ〜〜こんなところが『好きになっちゃダメ』って思ってたトコなのに〜〜。なのに嬉しくてダメなんだよ〜〜。
 座ったままじたばたとしていたら、ハクが笑ったような風が廊下に吹いた。
「それに、一度帳簿を整理したかったところだから、丁度良い」
 誰にも邪魔されずに没頭できるからね、って言葉の後に
「でも、千尋を寒い廊下に居させなきゃいけないのは心苦しいのだけれど」
 って。だからぁダメだってばーっ。
「なんでハクはそんなに優しいのかなっ」
 変なコト言っちゃうし。
「……私は優しい?」
 優しくなんかないよ? って、心底不思議そうな声色で問い返されて。
 本当に全然自覚ないんだ、ハクってば。
 って思っちゃって。そんなギャップにも気がついてみたら地雷埋め込まれてるし(泣)。だからダメだって思ってたのにー。ハクってば地雷だらけなんだもん。