【 7 】




 泣きそうな気持ちのまま辿りついた『詩貴堂』はなんと言うか……なんとも普通そうな店だった。古ぼけた瓦屋根の二階建てで、一階部分が店舗になっていた。普通っぽいけれど、どうみても胡散臭さ大爆発の、薄暗い店。風でくるくるとまわる、木製の回転看板には『標本・詩貴堂』とあった。
 一度も窓拭きなんかしてないような曇ったガラスをはめ込んだ戸をくぐると、お出迎えしてくれたのは店主ではなく
「ハクのうそつきー。人体模型、あるじゃないー」
 理科の実験室にあるような、人体模型がーっ!
 それが、戸を入ったすぐそこにこちらを向いて『はろー』って感じで右手をあげて立っていた。
「あれ、こんなのも仕入れたんだ」
 前まではなかったのに、とかハクってば人体模型に顔を寄せて珍しげな視線して普通に呟いているけど、これってわざとじゃないよね?? まにあっくだ、まにあっくだ、まにあっくだーっ!
「大丈夫、悪さはしないさ」
 って先に入ったハクが手を伸ばしてくれたので、わたしは思わずその手にしがみついて、人体模型をなるべく見ないように店内へと駆け込んだ。って言うか、人体模型がなにかしたらホラーだよぉ。この町だったらなにかするのだろうか。されたらもう実験室なんて行けないよぉ(泣)。
「ね、ね、ハク。ここになにがあるの?」
 ハクの腕にぎゅっと抱きついて、思わずハクの方へと身を寄せてしまう。だって店は狭いのになんか薄気味悪い物が満載で、あんまり触りたくないんだもん。なんか、背後から妙な視線も感じるし……あの人体模型が見てるんじゃないでしょうね??
 恐る恐る人体模型のある後ろを覗いていたら
「おや、ハク様、いらっしゃい」
 突然声をかけられ、思わずうひゃっと変な声をあげてしがみついていた手を放してしまった。
 ガラクタが山と積み上げられた、薄ぼけた店の奥から、声までも薄ぼけて聞こえる店主が現れた。ひょろりと背が高くて、薄ぼけた深緑色のセーターに茶色のズボン、毛糸編みの帽子に丸縁眼鏡。足元はなぜか緑色の便所サンダルを履いたおじさん。腕には大きな黒猫がいて、異様なまでに胡散臭さを醸し出していた。
「今日はなにをお求めで」
 と続けた言葉の後ろで、おや、との表情を。
「おやおや、これは珍しい。お嬢さん連れとは」
 お邪魔虫は引っ込んでおりましょうねぇ、御用の際にはお声をかけて下さいなぁひょっひょっひょっと笑って奥に引っ込んだ店主。なんだか見るからにアヤシイ、収集癖のありそうな人だった。
「ハク、ねぇ、骨格標本のお店とか言っていたけど」
 骨格標本もたしかにあるんだろうけど……壁にはなにかわからない化石みたいなものとか魚拓とか飾られていたけれど……なんだかそれ以上に得体の知れ無い物がいっぱいで、ガラクタ屋と言うのが正解だと思うのだけど。『なにがある?』と言うよりは『なんでもある』って感じ。なんか、しがみついていた相手とはとんと無縁そうなお店で、困惑。それ以上に気味悪くて泣きそうだ。夕方の不思議の町にいる黒いもやもやや変な格好の神様達にはもう慣れたけれど、それとこれは別種の気味悪さだ。
「千尋、こっち」
 店主が出てきたあたりよりももっと奥にハクは勝手に入っていって、狭いそこから手招きしてる。そこは一層薄暗くて、狭い場所だった。できることなら行きたくない場所なんだけど、
「……」
 ハクがいるなら我慢して行ってみようと思えるから不思議。
 なにがあるかもわからない山の間を抜けてようやく辿りついたそこには、小さな紙箱や木箱がぎっしりと積み上げられた一角だった。薄ぼけたガラスケースの上面を埋め尽くすようにして無造作に箱が積み上げられている。山を成している重量に耐えきれないのか、下の箱はひしゃげ気味で、紙箱なんかはささくれがたくさんできていた。あんまり綺麗な商品ではなさそう、と言うか、ここで『綺麗な商品』を探す方が大変、と言うのが正解だけど。
「ハク、これがわたしも好きそうなもの?」
 ハクはなにがどこにあるのかわかっているのか、箱の側面を上からトントンと指差して、目的の箱を探しあてたようだ。山を崩さないように慎重に箱を抜き取る。まるで棒倒しみたい。
「これなんか好きなんじゃないかな?」
 と手渡されたそれは、手の平に乗るほどの大きさで、とても軽かった。まるで空っぽの箱にも思えたけれど、恐る恐る蓋をあけてみる。
「う……わぁ」
 中には、楕円形をした青い石が一粒、白い布に埋もれるようにして入っていた。薄暗い店に似つかわしくない柔らかい乳白色を被ったその色は、青い空に薄い雲がかかっている色にも似ていた。
「これなんかも珍しいんだよ」
 と、今度は少しばかり大きめの箱。それはほどほどに重かった。中には、薔薇の形にも似た、砂の結晶が。
「デザート・ローズ。砂漠の薔薇と呼ばれている」
 淡い櫻色をした、薔薇の石。手の平に乗る大きさの。
「わぁ、これ知ってる! 本物見るのはじめて!」
 鉱石図鑑で見たことがあるそれは、たしかにわたしが好きそうなものだった。たしかこれって、赤い色がついているモノほど高価なんだよね? それは『赤い』とは言えないけれど、淡い色で、小さくて、可愛くて綺麗だった。
 わたしが嬉しそうにしているからか、ハクは幾つも箱を引っ張り出した。その迷いのない手つきを見ていると、縁のなさそうなガラクタ屋とハクがなんとなく合致してくるから不思議だ。と言うか、入り浸っているんだなぁ、ここにって感じ。その意外性がなんだか可愛かった。
「これは私が好きな物でね」
 と前置きされて手渡されたその箱は、今までのどの箱よりも小さくて軽かった。中には、櫻色をした貝殻が入っていた。健康な爪に似た淡いピンク色。櫻の花びらにも似た薄さは、無用心に触ればすぐに割ってしまいそうな儚さで。
「サクラガイ。綺麗だろう?」
 そんなハクの表情は、なんだかとても可愛らしいものを見ているような柔らかい表情で、楽しくて嬉しいのに――すこしばかり胸のあたりがざわざわした。
 どうしたんだろう、わたし。ハクが好きな物をわたしに見せてくれているのはきっととっても『特別』で嬉しいことなのだろうに、こんな気持ちになるなんて。




皆さん、いやに『千尋が好きそうなモノ』に期待してくださっていたのですが、
なんてことのない鉱石とか貝殻とかでした(カタスカシー)。