むらさきはしどい

第一部 現状
第一話

 会いたい。
 会いたい。
 どうしても、あなたに。

 あの時は幼くてわからなかったこの気持ちを、あなたに伝えなければならない。

 会いたい。なんとしても。
 なにを犠牲に――払っても。













むらさきはしどい

〜追憶〜














 会いたい。
 会いたい。
 どうしても、あなたに。
 あの時は幼くてわからなかったこの気持ちを、あなたに伝えなければならない。
 会いたい。なんとしても。
 なにを犠牲に――払っても。

   ◆◇◆

 白い光を投げかけるはずの満月は、幾重にも重なった黒い 雲に隠されて、その片鱗すら見えはしない。
 重くのしかかる静寂を切り裂いて、時折雷鳴が轟く。
 闇の中に光が踊る
 雨は降っていない。


 カッ……――

 金の色纏った稲光が、絢爛豪華な建物のすぐそばで翻る。赤い絨毯の上に、硝子窓の木枠が黒い十字架を刻み込む。
 ゴロゴロゴロ……――
 天から地へ失墜する音。光を追いかけていく追随者。音は光に敵わない。いくらともに生まれ出でようとも、光に追いつき再びひとつになることは叶わない。
 湯婆婆は、視界に次々と映る金の稲光とその音を聞きながら、なぜそれに気がつかないのだろうと考える。こんなおのれにさえわかるのに、なぜこの目の前の白き者にはわからないのだろうと考える。
 あぁ、想いの深さの違いなのだろうか。それとももっと単純に、男と女の違いなのだろうか。
 同じ瞬間に生まれたものですら、再びひとつになれないものはどう足掻いてもなれないのに、どうしてともに生まれたわけでもなく、また同じ生き物でもないもの同士がひとつになれると思っているのだろう。この白き者は。
 稲光がもうひとつ落ちた。一際清冽な光を宿した聖なるものが。
 湯婆婆の眼前の白い衣に身を包んだ者が、手にしたそれを音もなく閃かせた。銀の波刃に光が零れる。それを湯婆婆は、ゆっくりと見つめるだけであった。

 地上では、潮騒に似た木々の葉擦れの音が、延々と続いていた。