それは、皆が知っている ふるい ふるいお話。
けれども、演じる人物が変われば、こんなにも色合いが変わってしまう。
人魚の悲恋話をあの油屋の皆が演じればどうなることやら・・・

人魚姫・・・小湯女リン
王子様・・・帳場頭ハク
お姫様・・・荻野千尋
海の主・・・油屋経営者・湯婆婆
海の魔女・・・沼の底の銭婆
海の主の家来・・・父役
陸地の王様・・・釜爺
王様の家来・・・ススワタリ

配役だけをみればひどくまっとうなのに、最後までまともに舞台をこなせますやらやら・・・。
暫し、夏の夜の夢、泡沫の夢にお付き合い下さいませ。



のお姫様

第1幕 運命はノンストップ・ゴーゴー


 むかしむかしそのまたむかし。海の底に煌びやかなお城がありました。魚の主がすまうそこは『油屋』と呼ばれておりました。そこの主には六人の美しいお姫様がおりまして、その末の娘はあと三日で十五歳の誕生日を迎える事となっておりました。
「はやく海の上に行きてぇな」
 昼の光がさし込む海底の大岩に寝そべり、そんな小汚い言葉……否、奔放な言葉でおのれの誕生日を待ち構えているのが、誰あろう末娘のリン姫でありました。
 言葉の続きには『こんなトコはやく出てってやるー!』とありました。
 リン姫は長い黒髪を背の半ばで結わえた背の高い娘で、足はなく、桃色の鱗で覆われた魚身が下肢に続いております。所謂『人魚』と言うヤツです。この人魚族は、十五歳になると海の上に出て人の世界を垣間見る事を許されているのです。
 末っ子なのに姉御肌なリンは仲間の魚達の仲裁やらなんやらいろいろ普段通りにやっていると、あっという間に三日など過ぎました。とうとう誕生日を迎えたリンは、太陽が海の向こうに沈み夜がくるとわくわくしながら海上へと向かっていきます。はじめて見た海上は月の光に照らされてそりゃぁもう美しかったのですが、あっという間に空は曇り月は分厚い雲に覆われてがんがん横風も吹いてきました。
 そこにふらふらふらふら蛇行しながらすすんできたのは、大きくて贅をこらした帆船でありました。メインマストに張られた帆には、白い竜が描かれておりました。そしてそこからなにかがぽろりと落ちて海中へとドボンしたのです。
「うわ、粗大ゴミ捨てるなよなぁ」
 掃除するあたいらの身にもなってみろよなぁと悪態つきながら、リンはその粗大ゴミを拾って岸へと泳ぎ出しました。粗大ゴミの襟首に片手を引っ掛けるとぐいぐいと力強く泳ぎ、あっという間にリンは岸へと辿りついてしまいました。
 そこにぺいっと粗大ゴミを放り投げようとしたところ、通り嵐の隙間から月光がさし込み、粗大ゴミを優しく照らしたのです。その粗大ゴミと思われたものは、白い服にたくさんの宝石飾りをつけた、黒髪の美しい王子でありました。
 が、人魚のお姫様に人間の美醜などわかろうはずもありません。
「最近の粗大ゴミは身奇麗にしてるんだなぁ」
 人間の常識だって通用しないのです。人が落ちてくればそれはすなわちどざえもん=粗大ゴミなのですから。または魚の餌ですか。それくらいの感想をちらりと抱いたきり、リンはさっさと海中へともぐっていったのでした。


 そして月日はもうちょっとだけ流れ、リンはまたもや口癖である『こんなところ出てってやるー!』と叫んでおりました。
 その日もリンは、親である海の主『湯婆婆』に呼び出され、海中掃除をさせられたのです。お姫様と言えど、働かざる者食うべからず。広大な海がそのまま家ともなると、ちょっとしたゴミ拾いでも重労働。
「腰が痛い……」
 人が投げ捨てた箪笥を二棹、巨大なテーブル、おまけに漁師の小船三艘を陸地に放り上げればそりゃぁ腰にくるでしょう。リンが人の上半身と魚の下半身の境あたりをさすさすとさすっておると、そこに湯婆婆の使いである蛙男がやってきました。
「なんでぇ、父役じゃないか」
「なにをさぼっとるかリン、湯婆婆様が東の海にも粗大ゴミがあると言うておったぞ」
 つぶれた顔そのままの親父声でありました。否、それ以前に陸地淡水に住む蛙がなぜ海に住んでいるのか突っ込みたいところですが、それはそれ、ここは不思議の海、なんでもありなのです。
 とりあえず、父役はそう言い置くとさっさと行ってしまいました。取り残されたのは、ひとりふつふつと怒りを燃えあがらせたリン。
「こんなトコ……出てってやる――!!」
 リンはとうとうどっかんと叫んだのでした。
 叫んだ足で――もとい人魚の泳ぎでやってきたのは、海の魔女の家でした。
「銭婆、あたいはもうこんなトコやめてやる!」
「やめるもなにもあんた、あんたはここのお姫様であって従業員じゃないだろうに」
 鼻息も荒くばったんと開け放した扉の向こうには、巨頭の老女がおりました。湯婆婆の双子の姉でありましたがふたりは仲が悪かった為、片方は海の主として、片方は海の奥地に引っ込んでおりました。
「じゃぁ人魚であることをやめる!」
 極端から極端に行く子だねぇと思いつつ、銭婆は智恵を貸してやりました。人になる薬をリンに提示したのです。
「けれども、これをやるかわりにお前の声をもらうよ。海の住人の話をされると困った事になるからねぇ」
 物事をあまり深く考えないリンは、ほいほいとその申し出を受けました。なにやら、こちらから申し出たにしては銭婆の気迫に押されてしまった感もあったのですが、リンはそれには気がつきませんでした。銭婆はこの突飛な性格の姪姫をとても気に入っておりましたが、それ以上に退屈しきっていたのです。面白い事大歓迎、リンが今度はなにをしてくれるやら、わくわくして仕方がなかったのです。嬉々として小瓶に入った乳白色の薬をリンに押しつけました。
 そんなこんなで人魚をやめる薬を手に入れたリンは、その薬を『風呂上りはやっぱこれだねー』のフルーツ牛乳よろしく腰に手をあててごきゅごきゅごきゅごきゅ豪快に飲み干しました。すると突然体がぎゅっと凝縮するような痛みに襲われ、ぐらぐらと意識は揺れはじめました。銭婆の薬によって人魚の細胞が組み換えられ、陸地に適した生き物へと変化しているのです。リンはゆっくりと海底から海上へと流されながら、薄れ行く意識で海の仲間へと別れを告げるとともに、もうひとつ心の中で叫びました。
『ゴミはくずかごに〜〜!』
 手を伸ばす先には、ふわふわと漂っている牛乳瓶……もとい薬瓶が潮に流されようとしています。なんとも律儀なリンでありました。

   ◆◇◆

 ざぱぱ〜〜ん ざっぱ〜〜ん
 寄せては返す波打ち際で、リンはふと目を覚ましました。
『なんか二日酔いみたいにキモチ悪い……』
 未成年なのになんとも変な例えをするリンでありましたが、元人魚に日本の常識は通用しないのもまた道理であります。さらっと流してあげましょう。
 ぐらぐらする頭をふりふり上半身を起こしてみると、リンは背後に広がる大海原に気がつきました。普段は海中におり、海面を陸から見た人魚など史上初な筈です。その記念すべき初見の感想は
『……気持ち悪い』
 でした。普段見なれないものと言うのは違和感を強く呼び起こすものです。それもまた普通の反応かもしれません。
 とりあえず気を取りなおして、リンは陸地へと目を向けました。と、そこになにやら人が見えました。白い服を着た黒髪の見目良い若者でした。なぜか髪を肩の上で切りそろえてあり、所謂おかっぱ状態ではありましたが。浮いています、思い切り浮いている髪型でした。
 一方、リンを発見した若者は驚きました。なぜなら、その海岸一帯は彼の私有地だったのです。と言っても、私有地になったのはつい最近。先日船から落ちて、辿りついたこの浜辺でめぐりあったダーリンとの記念にその地を私有地としてしまった経緯があるのです。はっきり言って馬鹿者です。それ以上に若者が驚いたのは、その人物が全身素っ裸だったことでした。その人間は考えました。
『私有地化の腹いせに小遣い減らされたからこの娘を奴隷としてうっぱらって小金を稼ごう』
 どこの人だと問われればそこの国の王子だとしか答えようのない人物でありましたが、とりあえず大馬鹿者には違いありませんでした。けれども、一糸纏わぬうら若い娘が海辺で転がっていれば神経がおかしいのか娼婦かと勘違いされても仕方がない世界観だと言うのもここでは当たり前でもありました。が、そこから先の対処としては人として、また王子としてどうだ?? と思うところでもあると思うのです。人の品位は三代で成されるとは言いますが、なるほど見てくれだけならその通りかもしれません。が、人の品性は三代で落ちるとも言います。言い得て妙かもしれません。ぶ男の賢王であった祖父は草葉の影で涙にくれていることでしょう。
 とりあえず王子はその娘を城に連れて帰りましたが、連れ帰られたリンにしてはたまったものではありません。『私はそなたの味方だ。私の名はハク』とか妙に胡散臭い笑顔で言われ背筋がぞっとしたからでありましたが、言葉を取られたリンの口からはいつもの威勢の良い声が出ず、あれよあれよと言う間に城に拉致されたのでした。



夏休みアニメ劇場のノリで(苦笑)