のお姫様

第2幕 陸の城にて


 お城に拉致されたリンは、風呂に放り込まれ隅から隅まで磨き上げられてしまいました。そして綺麗なドレスを着せられました。人魚と言えどもそこはそれ年頃の娘ですので綺麗なドレスは嬉しかったものの、それで動こうとしても動き辛くて仕方がありません。今までが貝殻の胸当て程度しか身に纏っていなかったのだから当然です。幾重にも下着を着せられコルセットで締め上げられ、まるで拷問状態です。この状態はとても不本意でありましたがまぁ妥協しました。海の城での『姫』の立場でありながら重労働に耐えていたのです、それくらいなんだって言うのです。郷に入れば郷に従えです。
 それに、そんなことが『些細』だと思える別件がありました。例の『バカ王子』です。はじめのうちこそ気持ち悪いくらいににこにこ笑顔のハク王子でしたが、リンがしゃべられないと知るや態度を豹変させました。挙句の果てに『値が下がる』とか面と向かって口にされたので思わず鉄拳グーを食らわせてしまったリン。
 まぁ、その鉄拳のお陰でバカ王子からは解放され(『乱暴女!』とか言われたので更にもう一発鉄拳を食らわせたなんて余談です)、バカ王子のバカさ加減に辟易していた城の住人達からは一目置かれるようになったので良かったと言えば良かったのでしょうが内心複雑です。結局海の中でやっていた事と対して変わりのない事を陸の城でも続けました。ただひとつ違うのは言葉がしゃべられないので会話で仲裁ができないことでしょうか。その場合は女性優先弱者優先で拳にモノを言わしているのでそれも大した問題ではありませんでしたが(笑)。


 そうこうしている間に、リンが城に来て一月が過ぎました。いつもはどこかしら上品な静けさに満ち満ちた城でしたが、本日は朝から大賑わいでした。なぜならその日は、王様主催の舞踏会……ならぬ武道会が開催されているのです。下も上も大騒ぎ、大賑わいでありました。
 武道会で目覚しい活躍をした者は王子の近衛兵への取り立てがあるとの事で、近隣の無職・力自慢が城の武道会場に集結しておりました。力自慢はともかく、無職でこれだけの人数が集まったと考えると哀しくなる程の盛況ぶりです。二代目は偉大なる父親の圧力に負けてしまったのでしょうか、その国の産業農業は衰退の一途を辿りつつありました。
 実はこの二代目、発明好きが昂じて国庫から開発費を捻出していたのですがどれもこれもまとはずれ、技術開発に結びついていればまだしも経済状況を考えるとどうにもそれも有り得ない様子です。バカ王子にしてこの発明バカ親ありと言ったところでしょうか。
 閑話休題。とりあえず目先の武道会に話をもどしましょう。
 お天気は快晴。パンッパンッパンッと花火が幾つも上がります。勇ましいラッパの音を乗せた風に翻る国旗には白竜が刺繍されておりました。
 武道会と言えば騎士と騎士との一騎打ちによる勝ち抜き戦が面白いのですが、あまりの人数の多さに計画していたイベント資金内では試合が終わらないと判断された為、急遽別方法が取られました。重量挙げ予選が行われたのです。無職……いえ、そればかりだとは思えませんので……いずれも名だたる力自慢達の目の前にズラリと用意されたのは、巨大な箪笥でありました。解体して薪にしようかと言うほどに古い古いものです。ある意味、武道会で乱暴な扱いをし薪生産しようという魂胆なのかとも勘繰れるほどに粗大ゴミでした。
 そんな裏事情はひとまず横によけておき、重量挙げの予選です。大岩・大樽・米俵、なんでもあげてしまう力自慢と言えど、箪笥はちょっと話が違います。しかも、壊して良いモノなのかダメなのか判別つき難い『お城の箪笥』です。男達も思わず手加減しいしい持ち上げるので、次々と敗退者がでてきました。
 そんな様子を、なぜか王子の命により普段以上に着飾らされ城の一室に閉じ込められていたリンが目にしてしまいました。
『なんだなんだぁ? 陸の男達ってへっぴり腰だなぁ』
 腰が入ってないぞぉ腰が! と窓から身を乗り出し拳を振り上げるものの、声が出ていないので応援にしか見えないところがリンにとっては不本意でありましょう。そんな彼女の様子を、六本の腕を持った髭もじゃの王様が見つけました。そして王様は、真っ黒いもやもやのカタマリである『ススワタリ』と言う名の家来達にリンを連れてくるように命じたのです。
「あんなに一生懸命応援しているんじゃ。近くで見させてやんな」
 まだ慈悲深い心の残っている王様でありました。どこか親父くさい王様でしたが実際親父通り過ぎてお爺さん、愛称が『釜爺』でしたし。けれどもまだ、息子があんなバカ王子でも慕われている王様です、愛称なんてあるくらいですし。外見似ても似つかぬ親子と言う点は目をつぶっておいてください。きっと王妃が超絶美人な大和撫子だったのでしょう。家庭の事情もありますし。
 とりあえず武道会場に連れて来られたリンですが、近くで見れば見るほど陸の男達の不器用さにイライラしてきます。あんまりにもイライラしてきたので、リンはドレスの裾をからげて観覧席の柵を乗り越えると丸盆の中へと入ってしまいました。その時柵で高価なドレスに鍵裂きを作ってしまいましたがそんなことも知ったこっちゃありません。どうせバカ王子の趣味なのですからいい気味ざまーみろです。
 リンが会場へと踏み込むと、すり鉢状になった観覧席がどよめきました。なにせ、煌びやかに着飾った、若い娘が踊り出たのです。ざわざわどよどよとする観覧席を尻目に、リンはずかずかと中央に歩みより、そこにいた男にちょいちょいとひとさし指で合図してどかせると、かかとの高い(値段も高い)靴をぺいっと放り投げ、姿勢を低くして箪笥に挑みかかりました。
『どっせぇぇぇぇぇぇいッ!』
 なんとなんと、細い娘が声のない掛け声とともに箪笥をひと棹、しっかりと持ち上げたではありませんか。会場は彼女の登場時よりもどよめきました。リンの足はしっかりと大地を踏みしめ、太いとも思えぬその腕はがっしと箪笥を掴んで肩の上に乗せたのです。箪笥の引出しにつけられた取っ手がキラリと光を弾き、その姿は神々しいまでに美しい(勇ましいとも言います)ものとなりました。
 そんな彼女を見て、頭を抱えてうめいた者が約一名。言わずと知れたバカ王子、もといハクです。キンキンキラキラキラキラポール♪ で飾り立てた王子専用の観覧席で額を押さえてうめいています。
『なにをやってるんだあのバカ女ぁぁぁ〜〜ッ』
 と胸中で叫んでおりますが、バカにバカと言われるほど寒いものもありません。それにどっちがバカかと言えば誰もがハクに軍配をあげるに決まっていますし。なにせハク王子の奇行には国民がほとほとあきれ果てているのですから。密かに国を脱出しようと試みる者もいるのですし。愚王の治世に未来はないのですし。
 そのバカ王子ですが、この賑々しい武道会を隠れ蓑にリンを売っぱらうオークションを開くつもりでいたのです。そのつもりでリンを着飾らせてもいたのですし。
 オークションを急いだのにも訳があります。王子である自分を差し置いてなにげに城の皆に人気のあるリン、このままずるずると置いていては自分の影が薄くなってしまうではないかと危機感を抱いてしまったのです。そんなトコロだけは妙に聡かったり妙にプライドもっていたり妙にさびしんぼだと嫌ですねぇ、迷惑ですねぇ。そんな画策しなくてもあなたの存在を忘れられるおめでたい人なんていないと思うのですが、色々な意味で。はい、色々な意味で。
 まぁそんな画策をしていた為に、彼女が必要以上に人目を惹くのは困るし、武道会で話題をさらってしまうのも無性に腹が立ちます。オークションの参加者もあれやこれや色々な意味で『若い娘』が欲しいのであって『怪力娘』が欲しいわけではないでしょうし。たまにはいるかもしれませんが、王子主催のオークションの趣旨と微妙に外れてしまいます。王子主催のオークションと言えば、ひたすら暗くひたすらお耽美に、と言った感じでしょうか? 妙な美学と言うかこだわりを持っている人も迷惑ですねぇ。
「ふ……ふふふふふふふふふ」
 突っ伏したまま不気味な低音笑いを洩らし出した王子に、取り巻き達が一歩後退しました。こんな笑いをしている時はなにかを思いついた時と相場が決まっています。それも、タチの悪い――この王子に限定すればかなり頭も悪い思いつきをしたに決まっています。取り巻き達も楽ではありません。将来の自分の為とは言え、ご苦労様です。
『ふふふふふふふふふ。リン、抹殺してやる』
 極端から極端に走る王子です。ある意味その走りっぷりはリンと同レベルなのですが迷惑の度合いから言えばハクの方がより迷惑です。と言いますか、迷惑以外の何モノでもありません。
「えぇいっ! 外野の語り部いちいち五月蝿いぞ!」
 なにやら語り部にまで当り散らしておりますが、はたから見ればお空に向かって怒鳴る変な人です。取り巻き達が更にずずいっと後ろに引きました。気持ちはよーくわかります。
 とりあえず、そんな王子の迷惑千万な思いつきにより、その日からリンは命を狙われる羽目に陥ったのでありました。



舞踏会→武道会ネタはお約束vv