のお姫様

第4幕 感動のフィナーレへ!


 そんなことをしている間にも容赦なく時間は行き過ぎ、とうとう結婚式当日となってしまいました。
 陸の城は以前の武道会以上の大騒ぎ。城はどこもかしこもぴかぴかに磨き上げられ、従業員達も一張羅を引っ張り出してきました。皆々明るい表情です。あんなバカ王子のでも結婚式は目出度いもの。なにせ、タダ酒が飲めるのですから。
 そんなはしゃいだ雰囲気に満ち満ちている陸の城でひとり浮かない顔をしているのはリンでした。散々悩んだけれども良い方法が浮かばないのです。
 なにせ、どう考えても
『……殺っちまうか』
 になってしまうのですから。だって一番手っ取り早くて良いではありませんか。
それに、元を正せばリンが助け上げた命です、生殺与奪権があると言っても過言ではありません。え? 極端過ぎるって? だってリンは人ではないのですから、人の道理はあんまり関係ないでしょう。まぁ、一宿一飯の義理、なんて言葉を持ち出してくるくらいですから、心配しなくともよいのでしょうが。ある意味、ハク王子よりまっとうな人らしい人魚です。


 白い教会での結婚式や四頭立ての白い馬車でのパレードが終わった頃には、とっぷりと日が暮れておりました。夜にはこの国ご自慢の白い帆船で舞踏会です。
「見てご覧、千尋。この晴れ渡った空を。月や星達が私達を祝福しているようだよ」
 帆船の一室の飾り窓から空を仰ぎ、セン姫にそうのまたう王子の顔はにやけきっています。なにせ、セン姫のことを『千尋』と呼べるのは彼女の身内以外にいないからです。彼女の国では、普段は本名を伏せて通り名で呼び会う習慣があるからです。その特権に酔いしれているバカ王子、心底困ったものです。
 けれども、空はハクの言葉通り快晴。薄い雲のひとつもなく、月や星達が若いふたりを祝福しているとも言えなくもありませんが、お天気はそんなに融通の利くものでなし。大いなるハクの勘違いでありましょう。
 とにもかくにも、綺麗に晴れ渡った夜空を見上げて、セン姫はそっと涙を零します。押し殺した嗚咽を掻き消すように、夜空に火の花が咲くのでありました。


 煌びやかに飾った白い帆船上で繰り広げられているのは、まさに華燭の典に相応しい舞踏会です。華やかな楽に、珍しやかな食事に酒、色とりどりのドレスを纏った淑女達。
 そんな華やかな会場から離れて、リンは手摺りにもたれて夜の海を眺めていました。かつて、自由に泳ぎまわっていた海。それが今、賑やかな音楽や光の中、月の光に照らされた波頭は尚白く、その影は黒々と輝いています。海の中からはけして見られ得ない不可思議な光景です。
 けれども、彼女の頭の中にあるのは、とうとう阻止ができなかった、その後悔の念だけです。どうにも小リスの泣きそうな顔がちらちらとして仕方がありませんが、バカ王子を殺っちまうわけにも、小リスを攫ってしまうわけにもいきません。
『って言うか、セン姫攫ったら話が変わっちまうし』
 ……語り部へのご配慮、ありがとうございます(笑)。
 そんな語り部への配慮とかをつらつらと考えているリンの視線の先に、ゆらゆらくらげのように揺れる黒い影が浮かび上がってきました。錯覚か? と目を凝らしてみても、ゆらゆらと何かがそこに漂っています。やがてその黒い揺らめきの中にぽっかりと白い顔が現われました。
『おねえ様!』
 リンはその顔を見て、出ない声で叫びました。白いお多福顔に黒い髪をしたその人(?)は――まさしくリンの五人いる姉人魚でありました。その顔がぽかりぽかりぽかりとよっつ浮かび上がり、黒い海のうねりに出揃いました。
『……相変わらずキョーレツだな』
 実の姉ながら、この四人の姉とリンは似ても似つかぬ姉妹でありました。あちらはまん丸白塗りお多福顔、こちらは狐顔でした。しかも、『人魚姫』と言うには年の行き過ぎた娘達であり、そんな顔がよっつも揃うと嫌な汗も流れると言うものです。
『相変わらずとはなんだい、折角祝いに来てやったのに!』
『……祝い?』
 リンは目をまん丸にし、手摺りから身を乗り出すようにします。人魚は心話で会話をするので、声がでなくても会話ができるのです。もちろん、甲板と海の中なんて距離感も関係ありませんでした。
 祝いじゃなくて呪いの間違いじゃないのか? 字も似ているし、と心の隅でこっそり考えるリン。
『祝いって、なんの?』
『あんたの結婚祝いに決まってるじゃないか! この五月蝿くってしょうがない祝い船はあんたと王子様の結婚祝いなんだろ?』
 おねえ様のひとりがぶうたれた顔でのたまいます。その表情は『姉のあたしを差し置いて先に嫁ぐなんて、きぃぃぃぃぃっ』とありありとあらわしておりましたが、リンはそんなことで驚きはしませんでした。言うに事欠いてあのバカ王子とあたいが結婚? その衝撃の方が大きすぎて陸に打ち上げられた瀕死の魚よろしく口をぱくぱくして酸素をかき集めます。
『誰があんなバカ王子と結婚するか!』
 そう心話で叫んだリンの声の大きさに思わず四人の姉姫は耳をふさぎながら顔をつき合わせました。
『おかしいねぇ。銭の婆魔女は、リンが王子と結婚する、しなきゃならないとか言っていたんだけど』
『あの剣幕ではどうやら違うみたいだよ』
『えぇ? どうするんだい? だって王子と結婚しなきゃ、あの子、海のあぶくになっちまうんだろ?!』
『んなの聞いてねぇぞ、銭婆め!!』
 海上で顔を突き合わせこしょこしょと話しているそれは心話ですので、船上のリンにも筒抜けになっていました。
『あんのばばぁ、妙に気前がいいと思ったら、んな大切なコト言い忘れやがってぇ!』
 リンは、今の今まで躊躇っていた『殺っちまう』の選択肢を迷わず選び取りました。
 と、そこに、今まで顔を出していなかった、すぐ上の姉が現われました。四人の姉達とはまた趣きの違った碧の黒髪、翡翠色の眸、透き通った白い肌の娘でした。四人の姉達は豊満な体つきでありましたが、この娘は細身で、貝殻の胸当てには詰め物がしてあるのかと一瞬疑ってしまうほどにまっ平らっぽい胸でした。
『あれ、ねえ様、髪切ったの?』
 人魚姫はそろってずらずらと髪を伸ばしていたのですが、すぐ上の姉の髪は肩の上ですっぱりと切られています。まるでおかっぱです。その様子は某王子を彷彿とさせますが、あえてあまり深くは考えないようにしました。リンの元々の性格設定が『あまり深く考えない』となっているのですから仕方がありません。
『銭の婆魔女に掛け合って、お前が海の泡にならないようにする方法を聞いてきてやったんだ』
 さぁこれで王子を刺し殺せばお前は人魚に戻れるよ、との言葉とともに姉姫は宝石で飾られた短剣をリンに放り投げました。この姉姫は短剣を手にいれる為、海の魔女に美しい髪を差し出したのでした。なんて優しい姉でしょう。
 こうしてリンの手に、王子を殺っちまう道具が渡りました。
 準備はオッケー! やる気もマンマン! もう進むっきゃない!
 そんな状態です。
『ありがとな、ねえ様! じゃ、ちょっくら殺ってきます!』
 意気揚揚とリンは船内へと進んでいきました。
 後に残された姉姫達は、やれやれ結局こうなるんじゃないかと笑いさざめきながら次々と海に沈んでいきます。
 最後まで残っていたすぐ上の人魚姫を船上の兵が見つけ、ぎゃぁっと叫び
「お……王子?!」
 うろたえたのは誰も知らぬこと。
 繰り返しますがリンは人魚であり、人の美醜はわかりませんし、顔の識別もよくわかりません。例え、毛嫌いしているハク王子とすぐ上の姉姫がうりふたつであっても、まったく気がつかないのでありました。

   ◆◇◆

 さてさて、童話と言えば結構残虐な結末物もありますが、ここは楽しく爽やかに終わりましょう。語りもここで終わりましょう。
 ただひとつ言えるのは、どの童話でも大概『お姫様は幸せに暮らしました』で結ぶのがセオリーですので、このお話もそれにならいましょう。

 そしてお姫様達は、いついつまでも幸せに暮らしましたとさ。
 王子様は知りません(笑)。


** おわり **


半年以上も仕事場で暖め続け、もう半年もかけて書いたのがコレだなんて悲しすぎる(泣)。