教師の鑑 

「お前、セクハラ教師やってたのか?」
 グリフィンドールの子供達が『三大魔法学校対抗試合』に巻き込まれると言う大変な一年であった四年生を終え、長い夏休みを過ごしている頃。
 アルバス・ダンブルドアの指示を受け、ルーピンの隠れ家にふらりと現れた黒い犬――もといシリウス・ブラックが、薄ぼけたモスグリーンのソファにふんぞり返りながら、一年前にルーピン宛に届いた手紙をちらとみて大真面目に問いかけた。曇った硝子窓の向こうは良い天気で鳥のさえずりまで聞こえる穏やかな世界であるのに、部屋の中はなんとも変な雰囲気が漂っている。旧知の友がふたり揃っているのであればもうすこし和やかな雰囲気があってもいいだろうに、なにやらすれ違っている感じだ。当人達はそれでも我関せずではあったが、そもそもふたりともある意味マイペースであるのだから普遍的協調性には無頓着であるとも言う。
 ほとほと呆れ返った、『渋い』とも『どっと疲れが出た』とも表現できるシリウスの声色である。それは長旅で疲れているからでもなく、あの『名前を言ってはいけない』ヴォルデモートが復活したと知っているからではなく、本当に呆れ返っていたのである。この親友に『教職』は似合うようで似合わない気もするので一体どんな教師を演じていたのやらと思えば、なんとセクハラ教師。しかも、親友の忘れ形見の友達に、とはなにを考えているのやら理解に苦しむ。と言うか、シリウスにルーピンの考えがわかったことなどあまりないのだが。
 手紙の中のハリーとロンは本気で怒っているのがよくわかる。ぴょこぴょことなにやら話が脱線気味になり興奮で字がへろへろになっていき、誤字脱字花盛りだが、とにもかくにも『怒っている』のだとよく伝わってくる手紙であったのに。
「やだなぁシリウス、人のことケダモノみたいに。人聞きが悪いなぁ。セクハラなんてしてないよ」
 清く正しく美しい教師の鑑をしていたよ? こうして可愛い教え子達が手紙をくれることがなによりの証拠じゃない?
 手紙を貰った本人はにっこりと微笑んだままでさりげなくクサイ台詞を並べ立てるが、シリウスも伊達に多感な少年時代一緒に悪戯した仲ではない、この笑みの時は要注意(その笑みはシリウスにとって口のうまさで女性を騙す結婚詐欺師の笑みに思えるのだ)だと知悉していた。猫を何匹、どころか、確実に一ダースは飼っている上に親猫が次々と仔猫を産み続けているのだと知っているのだ。何匹かは里子に出せと言いたい。なによりも言葉が嘘臭い。人好きのする笑みにはよく似合っていても、隠し持った本質にはこの上もなく似合わない。性根からいじめっ子だろうに。学生時代、ルーピンと仲の良い者はとことん仲が良かったが、ルーピンを嫌いな者はとことん毛嫌いしていた――と言うかその中のほとんどが怯えているようだと気がついていたなんて話は余談だ。
「や、もういいわ。あんまり詳細聞きたくないし」
 あまり突つくとこちらまでセクハラされそうだ、とシリウスは渋い顔のままそっぽを向くだけでは足りず、モスグリーンのソファの向きさえ変えて壁を向き投げやりな仕草で手を振ったのだが、ルーピンはそのあからさまな態度に、わずかに眉を跳ね上げた。
「おやパッドフッド? 自分から話を振っておいて『もういい』とはどう言う了見??」
 折角僕の素晴らしい教師ぶりを一から十まで語ってあげる気になったのにー。
 と子供っぽい仕草で唇を尖らせるムーニー。
「お前、いい年した大人がそんな気色悪い仕草すな!」
 背を向けていたはずのシリウスがその仕草だけは運悪く目撃してしまいそう喚くが
「やー、若い子達と一緒だった頃を思い出すと、こちらも若返った気分になるもんだよ」
 今の僕、確実に十歳は若く見えると思うよ。気持ちなんて十五歳若返ってるね。
 シリウスは額をおさえてうめいた。
「ダンブルドアもよくもこんなパープーなセクハラ甘味大魔人に教鞭を取らせようなんて考えたな」
「あぁ、そこは我らの尊敬する偉大なる魔法使いアルバス・ダンブルドアだから」
 誰かさんと違って器が大きいねー、と胸の前で両手を組み合わせしみじみと笑うルーピン。
「そうそう、器がでかいな。誰かさんの悪戯で十円ハゲつくられた過去があるのに。俺なら末代まで呪ってやるが」
 それ以前にパープーなセクハラ甘味大魔人は否定せんのかやっぱり、と心の中でだけツッコミを入れるシリウス。
「そんなのが些細なほど僕を買って下さってるってことだね」
 わぁ嬉しいなーとぽやぽやと笑う『偉大なる魔法使い』に十円ハゲを作った張本人。
「って言うか、あの十円ハゲ、やっぱりお前の仕業だったのか……」
 俺でもジェームズでもないから誰だろうと思っていたのに、やっぱりお前だったのか。十数年の謎が解けてすっきりした、と言うよりは親友を見る目が変わりそうな事実であった。いくらなんでも、あのアルバス・ダンブルドアに十円ハゲをつくる勇気は自分にもジェームズ・ポッターにもなかったのに。恐るべしリーマス・J・ルーピン!
 掴み所のない独特な笑みを張りつかせたルーピンに、シリウスは『ほとほと』よりも上級のほとほとほとほと呆れ果てる。本当、長く付き合っていても――そのうち十二年程は不幸な理由で反目しあっていたが――こいつだけはわからない! と言うか一生わかりたくないかも……それ以前に、ダンブルドアはきっと年でぼけて忘れ去っているだけではないか?? なにせ死ぬのも忘れているくらい年齢不詳だし……リーマスの仕業だと気がついていないはずはないのだがなぁと遠い目になるのであった。