適正動物診断 

 偉大なる魔法使いアルバス・ダンブルドアの命により、リーマス・J・ルーピンの隠れ家に赴き、そのままなぜかまったりと居付いてしまった黒犬もといシリウス・ブラックは、白い梟が携えてきた封書を手になにやら考え込んでいた。宛先はもちろんのこと『シリウス・ブラック』で、差出人は自分が名付けた名前が記されている。
 けれども、宛先はあっているし差出人も可愛い名付け子であるにもかかわらず、シリウスはモスグリーンのソファにだらりと半分寝そべるような格好のまま封筒をぼんやりと見つめている。
 そのうち、人の姿よりもこちらの方がくつろげると言うかのように、もうひとつの姿である黒犬に変身してしまう。裏側まで黒い腹をソファにぺたりとくっつけ、折った前足にちょこりと顎を乗せて寝そべってしまう。それでも封書は黒い鼻面の真ん前にあり、それをのぼーとした目で眺めやっている。時折鼻をぺろりと舐め、耳をぱたりぱたりとし、封筒を鼻面で突ついてみたりしていた。
「なにをやっているんだか、パッドフッド」
 買い物から帰ってきた家の主が、ながながと行儀悪くソファに寝そべった犬に対して呆れ果てた口調で声をかけた。
 どうにもこの犬は、居間にひとつしかないこのソファを自分の居場所と決め込んでいる節がある。なのに家主が買い物とはなんだろう? さすがに冤罪とは言え指名手配犯を買い出しに行かせるわけにもいかず、さりとて害のない黒犬であろうとも買い物をさせる訳にもいかず、自然ルーピンが買い出し専任となっていた。
 そんな家主と居候の立場逆転の状況で、『ただいま』の挨拶よりも先にその言葉がでたところを考えると、心底呆れ果てたらしい。それに対して黒犬の方は『お帰り』のつもりであるのか、ふさふさした尻尾をゆらりとひとふりしただけであった。なんとも態度のでかい居候である。
「おや、白い梟便?」
 鼻面の先にある白い封筒に目を止めるが、はてそれにしてはなんだかぼんやりとしているような。名付け親馬鹿黒犬だったら封筒くわえてソファのまわりぐるぐるくらいしかねないイメージがあるのだけれど。
 シリウスがルーピンにそう思われているのだと知ったら『心外な』とぶすくれそうであるが、もうそんな取り繕いがなんの意味もなさないのだと気がついていないのだろうか(気がついていないに決まっているとルーピンは思っていたりする)。
「さっさと元に戻って、ハリーからの便りの内容を語ってはくれないのかい?」
 そうでなければ勝手に読むよと先日の意趣返しのつもりで手を伸ばしてみれば、のそりとした動作で起き上がる黒い犬。怠惰にもほどがあった。
「勝手に人宛の手紙を読むつもりか?」
「犬宛なら構わないのだろう?」
 のっそりと人型に戻って口にした言葉に素早い切り返しをくらってぐうも言えない黒犬もといシリウス・ブラック。何故なら封筒に記された宛先は、正しくは『シリウス・ブラック』ではなく偽名の『スナッフル』だったからだ。
「と言う訳で勝手に読む」
 と、ルーピンはへこんだ親馬鹿黒犬から勝手に封筒を奪い取り、ぺらりと開いてみた。シリウスにそれをとめられる度胸は――悲しいかなありはしなかった。
 開いた先には、友人の息子の文字。どこか父親に似ていないでもない文字を追っていき、ルーピンは口元に楽しげに浮かべていた笑みを心なしか薄れさせていく。その様子を、行儀悪くソファの上であぐらをかいて見上げていたシリウスがぼんやりと眺めていた。
「うん、まぁね、着眼点が面白いと言うかね。さすがプロングスの息子と言うかね」
 ニ読目を開始したルーピンのなんとも言えない複雑な声色に、うんうんと頷く親馬鹿黒犬。


『親愛なるシリウスへ

 先日ロンとハーマイオニーで【動物もどき】になるならなにがいいって話してたんだけど、質問があります。
【動物もどき】ってなにになるか選べるの? 
 だって、あのピーター・ペティグリューはまんまネズミ顔だったし。
 シリウスはどこか犬っぽいし。
 顔とか性格で変身する動物って決まるものなの?
 もしかしたら僕の父さんって鹿っぽかったのかなぁ?
 そうだったらドラコ・マルフォイはまんま白イタチだと思うのだけど。
 それが気になって夜も眠れません。

 PS
 ちなみにロンはドラゴンが希望で、ハーマイオニーは鳥がいいそうです。ロンは僕に『ラガマフィン』なんかどうかって言ってたけど、似合うでしょうか?』


 と、書かれていたのだ。
「……まぁね。あまり深く考えないようにしていたことなんだけどね」
 懐かしの旧友であったピーターのビフォーアフターになんの変化もないことや、目の前のシリウス・ブラックがどこか犬めいて思えていたなんてムーニーとしては言うつもりもなかったが、ハリーの質問に頷くところが多々あって困ってしまったルーピンだ。
 ただただ、この手紙になんて返事を書けば良いのやらと考え込んで無駄に唸る男どもであった。