鉢の中は大騒ぎ




 冬の気配がひたひたと忍び寄るトッペンカムデン王国。その最深部である執務室では、ひとりの少女が書類の山に埋もれていた。
 トッペンカムデン王国国王代理を勤める、十六歳のローラ姫である。
 冬になれば雪に閉ざされてしまうトッペンカムデンでは、冬越え前が一番忙しい。現在も普段の三割増しの書類の高さで、「これでもだいぶ減ったのよっ!」とは彼女の弁ではあったが、次から次へと運び込まれてくるそれらに、いい加減うんざりとした顔になる。たった今も、ずんぐりした体に白いバーコード・ワカメ頭のヴィルヘルム大臣が、新たな書類を執務机に積み上げていったところであった。
「えーなになに……春からの道路整備案にぃ……春の迎春祭のイベント案……春の人事異動第一案」
 春の事なんて春に考えればいいじゃない、と思わずその重要性を理解していながら愚痴りたくなるローラ姫である。机に突っ伏し、それでもその手には次の書類が握られている所は、腐っても国王代理と言うところか。
「農作物連期不作による納税額軽減の嘆願書にぃ……城の食堂がまずいからコックを変えてくれって嘆願書?!」
 元から多い方ではない『やる気ゲージ』は、その嘆願書によって残りゼロになってしまったようだ。
「も……だめ。誰がなんと言おうが、散歩してこよ」
 人間、暗くて深い穴に一度はまってしまったらなかなか抜け出せないもの。気分転換だ気分転換っと、誰に言い訳をする必要もないのに、ひとり言い訳するローラ姫であった。
 まず庭を散策する。初雪が降ろうかと思えるほどの寒さが、書類漬けの頭をすっきりさせる。
 蒼く晴れた空を白い鳥が一羽、斜めに横切っていった。
「たしか、お父様はこんな晴れた寒い日は、部屋から谷の奥の森がくっきり見えるっておっしゃってたわ」
 その考えに、足を国王の私的な書斎室へと向ける国王代理。
やがて彼女は、久しく使われていないその部屋へと辿り着いていた。
 部屋の壁にはぐるりと本棚が並べられ、中にはぎっしりと本が詰まっている。飾り気はないが重厚感のある机、カウチの上にはクッションが沢山置かれている。青いカーテンの向こう側には、やはり谷の奥の森が広がっているのが見えた。
「ここからなにかを投げたら、あそこまで届きそう」
 実際幼い頃、放物線を描いてあの森に落ちるんじゃないかと物を投げて遊ぶのが大好きだった時期がある。その時に投げていたのは、父王が机の隠し引き出しから出してきた小さな花の種だったが。
「まだあるのかな、あの種」
 無性に懐かしくなって、ローラ姫は机の隠し引き出しをあやふやな記憶を頼りに探り出していた。
「あれ……なに、この箱」
 中にあったのは、懐かしい花の種の入った麻袋と、親指の先ほどの大きさの種が一粒入った飾り箱だった。
「種……よね。なんの種だろ。こんな綺麗な箱に入れてあるなんて」
 庭師に土と鉢を貰って育ててみようかな、と思うローラ姫であった。

 そして翌日、トッペンカムデン王城には、悲鳴が響き渡る事となる。
「姫! いったいこれはどーいうことですか?!」
「知らないわよ知らないわよエルファン! だってわたし、種を植えたのは昨日なんだから――っ!!」
 鉢を置いた部屋の扉を開けた、たまたま登城していたエルファン公と国王代理は、一斉にそう言い放っていた。
 その部屋はただいま、尋常でない大きさの花と、尋常ではない長さと動きをする緑のツタに占領されていたので――ある。

   ◆◇◆

 ところかわって空飛ぶ絨毯。おります乗員は、言わずと知れた魔法使いレジーとその使い魔。トッペンカムデンの蒼い空を、白い鳥の群れと共に城を目指して矢の如き速さで進んでいく。
「もっとスピードでないのか?!」
「これ以上は無理でチュ。絨毯がバラバラになってしまうでチュー」
 おそらく、長いとは言えないおのれの人生でここまで速く飛ぶ絨毯を操縦する経験は二度とあるまいと思った使い魔の気持ちも知らないで、その主人の心だけが急く。
彼の脳裏に浮かぶのは、ほんの数時間前の師匠との会話。
「何度も言う様じゃがな、レジー。お前は組合(ギルド)の看板魔法使いだからして、特定の王室との関わりを持つのは問題があるのじゃが……」
 いつもどおりの厳めしい顔でいつもどおりの台詞を口にするのは、魔法使い組合の第一監査官にしてレジーの師匠のシャルロッテ・プラムポワーズである。
「すみません。気をつけてはいるのですが……」
「最後まで聞けい、この慌て者が。あの国は払いは悪いがある意味お得意様であるからして、お前がもし気になるのであればと思うてな……なにやらトッペンカムデンの周辺で異様な気が集まっておる」
 払いが悪いと言われているぞローラ、と思いつつも、伝えられた内容を考えれば弁解をしている余裕はありはしない。
 退室の挨拶もそこそこに、慌ててすっ飛んで来たレジーなのだが……
「レジ〜なんとかして〜っ!」
 飛ばしに飛ばして辿り着いたトッペンカムデン王城で、うにょうにょと蠢くツタより逃げ惑っているローラ姫を見た途端、襲ってくるのは脱力感。
 シャルロッテ・プラムポワーズが予見したのはこの事かとひとり合点のいくレジー。が、師匠の最後の「吉なのか凶なのかわからん」との言葉に引っかかりながらも、目の前の惨事をそのままにしておくわけにもいかない。
 レジーは逃げるローラ姫を背中にかばいつつ、カノッツァの杖を目の高さまで掲げた。
 途端に、ちりちりと大気をこがすほど大量の精霊がレジーの元へと集い始める。
『炎の精霊 我が命に従え』
 その呼びかけに応えて、レジーとローラ姫の眼前に常ならぬ炎が燃え盛った。
『我に仇なす狂いし緑を焼き尽くせ』
 部屋一面を覆い尽くすツタに、螺旋を描き絡みつくレジーの炎。ジジと音たて暴れまわる緑のツタ。
 レジーは最後のひと押しの呪文を紡ぐ。
『我が手の内で踊り狂えい!』
 そしてその後には、炭化した蔦と炭化した家具一式。もちろん壁紙は言葉にできぬ程無残、立ち込める匂いも言葉にできぬ程異様。
「一体なんなんだこれは、ローラ」
 ほぅと肩で息をつきつつ説明を求めるレジーに、茫然自失のローラ姫は即答なぞできる訳がなく。
「……・わかんないわよ〜。あー、部屋が燃えちゃった――……」
 とにもかくにも、絶妙なタイミングで現れた魔法使いのおかげで助かった国王代理ではあったが、部屋の惨状をみるだに、素直に喜べずにはいられなかった。
 レジーに事情を説明した後の彼の叱責を予想して、気鬱にもなるローラ姫であった。


 しかし騒ぎは、そうすんなり終わらなかったので、ある。
「をいローラ……だからお前は考えなしの無鉄砲だと言うんだ!」
「だってレジー、誰が箱の中の種がこんな事になると予想できるって言うのよ?!」
「どこをどう見ても、隠し戸に封印されていて怪しい箱なんか開けるお前が悪いっ!」
 植物一部屋占領事件より明けて翌朝のトッペンカムデン城は、魔法使いと国王代理の言い争いからはじまった。
 二人の目の前にうにょうにょと繰り広げられている光景は、既視感と言うよりは昨日と同じと言うべきか。相違点と言えば、葉とツタの勢力がまだ小規模である事と、その中央に咲いている花の三割増しな毒々しさ。
 怪しい物を不用意に触ってこの結果を引き起こしたとの意見を掲げるレジーの言い分は確かに正しい。しかし、普通一般的に考えて『ただの種』がここまで騒々しい物であるとわかろう筈がない、物騒な物なら注意書きのひとつも書いてあるべきだとのローラ姫の主張も、普通一般的に見れば……確かに正しい気もするのである。
 しかし、どちらの主張がより正しいかを言い争うよりも前に、なんとかせねばならないであろう物はこの現状。
 が、この二人がよればそれはあまり正しい主張ではないようである。言い争いはまだまだ続く。
 いい加減に二人のやりとりにも慣れた城の住人達は、植物が昨日と同じやりたい放題状態であると言うのにもかかわらず、各々の仕事にと戻ってしまった。料理人は台所へ、警備兵は持ち場に、庭師は庭に……と言う具合である。
 異様植物への不安感よりも、二人の言い争いにあてられるのを逃れる気持ちの方が強かったとみえる。それだけ二人のこのやりとりは、日常的な物と化していた。
「だいたいレジー、昨日の『あれ』で事は終わったって言ってたんじゃないの?!」
 昨日の『あれ』とは、植物を焼く為にレジーが召喚した炎の精霊の事らしい。
「昨日の今日がこの有り様で、部屋ひとつ燃えちゃってるのに、国一番の魔法使いなんてっ」
 昨日の今日の有り様よりも、部屋ひとつ修復しなければならない恨みの方が強いらしいローラ姫である。なにせトッペンカムデン王家は、赤字とまでは言わないが潤っているとはお世辞にも言えない帳簿の貧相さなのである。部屋ひとつの修復費であろうとも、王城である限り手は抜けないし、財政に響く。そして今日も昨日の『あれ』にてレジーが解決を求めるとするのならば、修復費は二倍である。考えただけでも目眩がしそうだった。
 が、さすがにそろそろ言い過ぎたかとも同時に思ったのも事実である。なにしろ、大元の原因は自分の不用意な行動であるからだ。
 しかし事態は更に動いている上に、ローラ姫の反省もなぜか生かされはしなかった。
 ふたりの日常的な光景の隣りで、異様植物はしなやかに変化をとげていた。中央で毒々しさ三割増しだった花は鮮やかに美しい白い花弁となり、ツタにいがいがと突き出ていた刺は姿を消し、かわりにぷっくりとふくらみ実をつけ出したのである。
 そして、ローラ姫に一番近い所に有ったそれはクルミほどの大きさの白い果実へとかわり、ローラ姫を手招きしたのである。
 不用意な行動はもう決してするまいと心に決めた筈のローラ姫。しかし考えなしの無鉄砲とは彼女の本質に程近い所に存在しているのである。その白い実をぱくりと食べてしまったのは、ある意味、彼女が彼女である為か。
「おい、ローラ! しっかりしろッ!!」
 後に残されたのは、困惑し焦るレジー。夢の中に一直線なローラ姫。
 考えなしの無鉄砲な愛すべき国王代理を抱き留めながら、途方に暮れる魔法使いであった。

   ◆◇◆

 気づくと、深い深い緑の中に彼女はいた。
「ここ……どこ?」
 レジーは? 城の皆は?
 ぐるりと見回しても、そこにあるのは緑だけ。湿った土の匂い、密度の濃い緑の匂い。そして吹き抜ける風の匂いに柔らかな陽の光。
「…………………………」
 束の間沈思熟考してみるローラ姫ではあったが、なにぶん考えるのは得意な方ではない。水音が聞こえるのをこれ幸いに、その場からさっさと立ち去る事を決めてしまった。
 レジーが知れば「その場を離れるなバカ!」とのお叱りの言葉のひとつも飛び出てきそうであるが、あいにく前後の記憶があやふやな現在のローラ姫である。自分の気持ちの赴くままに緑を掻き分け掻き分けずんずん進む。
 と、ローラ姫は緑を掻き分ける途中で、周囲の様子が急激に変化している事に気がついた。先ほどはあんなにつやつやと弾けるほどの生命力に満ちていた植物が、水が乾きかさかさになる様に衰えだしたのだ。世界の全てが色をなくし始めたが如きその変化に、途端に不安になり、ローラ姫は今だ聞こえている水音をめがけて走り出していた。
 ようやく辿り着いた水音の場とは、岩からしみ出した水が落ちる泉であった。
 そこでローラ姫が見たのは、戦装束を纏った馬上の男と、黒い頭巾を深く被った杖を持つ者。そして……彼らの泉の反対側に目をやれば、森の主と言われる程の大樹が、広く高く枝をはわせている姿があった。だがそれは、枯渇してすでに死んでいるような、しかしただ一枝だけ生き生きとした緑の葉と白い花をつけている物がある、不可思議な木。

『我に従え 緑の精霊』
『汝の力は過ぎたる物なり』
『疾く従い 時の満つるまで眠りにつくがいい!』

 魔法使いと知れる者は、その杖を掲げて呪文を唱え、光を生み出した。そしてそれを、ローラ姫が見ている前で、大樹にぶつけたのである。
「一体……なに?」
 その眩しさに目をかばったローラ姫は、大気がぐらりと揺れるのを感じた。
 そして次に目を開けた時には、大樹に残っていた『生きている枝』だけが綺麗に消え去っていたのだ。
 泉の水面にふわりと浮かんでいるのは、小さな点。それがゆらりと風に乗ったかと思うと、馬上の男の手の上へと飛び込んだ。
「お前は、ただ嬉しくて緑の力を放っていただけなのだろう」
 戦装束のその男が、低い声で手の内のモノに語りかける。
「それは木々を茂らせ、虫を増やし、動物を守っただろう。しかし過ぎたる繁栄は調和を崩す。必ずしも繁栄は善と言えない。繁栄とは、えてして他者を害する事でなりたっている」
 そう諭す声は、あまりに優しかった。
「お前は、お前の心の赴くままに、この地域一帯の地力をここに集結させた。他の地域の緑は枯れ始めている。そしてこの地の緑も、急激な成長では次代を育むこともできず、自身も死ぬばかり」
 それは、虫を増やさず、動物を餓死させ、水を枯渇させる未来に繋がっている。この汚染とも言える過ぎたる力の結末は、やがて全土に広がり、蒼穹を乾いた土の色で染め上げる。
「だからお前……生まれたばかりの、無知で無邪気な緑の精霊。今は眠りなさい。お前を必要とする時が満つるまで。お前が在れてある地が拓けるまで」
 今はただ眠りなさいと。
 そう言った男の上にさっと一条の光がさしこみ、今まで影になって見えなかったその顔が顕わになる。
 鞍上の人物は……
「えぇ? ひいおじい様?!」
 肖像画でしか知りはしないとは言うものの、確かに男は三代前のトッペンカムデン国王その人だったのである。
「ってことは、ここは昔の世界?!」
 驚愕するローラ姫。
 そして世界は、彼女の叫びと同時に前触れもなく暗転するのである。

(狭いよ……ここは狭いよ)

 暗くて狭い、と誰かの声が。
「誰?!」
 ぐるりを闇が支配したその先に向かって放ったローラ姫の誰何に応えはない。

(暗いよ)
(狭いよ)
(誰が閉じ込めたの?)
(ただ良かれと思ってしていただけなのに)
(…………・・なにがいけなかったの?)

 水がない。空がない。光がない。誰もいない。誰もいない。誰もいない。
 声の形をとった襲いかかるでもないその感情に、ローラ姫の心までが小さく凍える。誰もいない寂しさを、確実にローラ姫も知っている為に、その声の主を抱きしめてやりたくなる。
 寂しい、悲しいと闇の中で独り訴えているその声が、小さな啜り泣きになり、やがてとろんとした声になる。

(ねむい……・――――)

 小さく小さく凝縮して、あるかないかの点になるその声……意識。
そしてローラ姫は気づく。
「おまえ――あの、ひいおじい様がもっている種だったのね!」
 これは、あの種の夢……緑の子供の記憶だと知る。
「わたしが出してあげる――そこから!」

   ◆◇◆

「――レジー?」
 ゆっくりと覚醒した意識でまずわかったのは、すぐそこに魔法使いがいる事と、そこが見慣れた自分の寝室である事だった。
「レジー、どうしたの?」
 なんだかその彼の様子が常とは違って見えたので、なんとなくそう尋ねてしまった国王代理であった。
「どうしたのじゃないだろうが」
 少しの沈黙の後で返ってくる答え。
「またいきなり後先考えない行動に出て――心配、を」
 心配を、かけさせた。
 ただ単に眠ってしまったローラ姫を、レジーはどうする事も出来なかったのだ、あの後。
 正体不明の実の眠りから彼女を解放する事も――揺り起こす事すらも。
 魔法使いであるレジーには、その眠りが『常なるもの』だとは見当がついていたが、もしかしたらこのままローラ姫が目を覚まさないのではないかとの考えを振り切れないでいたのだ。だからずっと側にいた。不安が現実にならない様に。本人はそうと知らなくとも。
「あ……ごめんなさい、レジー」
 穴に落ち込んだ魔法使いの様子に、深く反省をして本気で謝る国王代理であった。
「レジー、ところであの植物はどうなったの?!」
「あぁ、なぜかあの後完全に枯れてしまって、部屋には干からびたツタだけが残ってる」
 とりあえず結界石を置いてあるので中でなにが起っても大丈夫だが、とのレジーの説明をみなまで聞かず、ローラ姫はがばりと起き上がっていた。
「違うの! あの子、はやく出してあげなきゃ!」
「あ? いきなりなんなんだお前は?」
「だからだからっ! あの子に出してあげるって言っちゃったのよ!」
 もう出してあげると言ってしまったと、夢の中での出来事をかなりはしょって説明したローラ姫は、すぐにでも種の安置場所にすっ飛んでいきそうだったが、それはレジーの一言によって阻まれた。
「で、お前、そいつを起こしてどこにやろうと考えているんだ?」
 そのあてはあるのかと問われたローラ姫は、例の如く答えにつまる。そして例の如く言い返すのは「今から考えるもん!」であった。
「あ……そうだ、納税額軽減の嘆願書ッ! あそこなら……」

   ◆◇◆

 それから数日後。国王代理と魔法使い(その他諸々)は、トッペンカムデン東のはずれの開墾地を訪れていた。
 五十年ほど前に森を切り開き畑にした土地で、農作物は開墾後十年たった頃には豊作となっていたと記録に残っている。
 しかしここ十年ばかりは気候が悪いわけでもなく不作で、住人の話では今年度は過去最悪のできだった。農作物以外にも、山の木も森の木も精彩に欠き、家畜はやせ衰えている。
 その集落を小高い丘の上から見下ろしながら、「なんでもっとはやく被害報告を提出しないのよっ。そしたら調査員を派遣して先手が打てたのに!」と国王代理が吠えていたりするがそれはまた別の話。
 気を取り直してローラ姫は、傍らの魔法使いの顔を見上げて「レジー、どう?」と尋ねている。
「大地の精霊の数も少ないが……まぁ、そいつをここに置いたら、周辺より流れてくると思う」
「そう? じゃぁこの子、ここに置くわ」
 ローラ姫は、右手に握っていたあの種を、丘の上に立っていた樹の幹に押し当てる。と、それは抵抗もなく幹の内側へと同化してしまった。
「ひいおじい様は、時が満ちれば出してあげるとおっしゃってたわ。わたしは、わたしがおまえを眠りから覚ましたあの日がそうだと思うの」
 暖かい樹の幹に手の平を押し当てたまま、国王代理は會祖父と同じ優しさで語りかける。
「だっておまえ、あの暗い中で皆がいる事の大切さを理解してたじゃない。それにおまえ、わたしとレジーが言い争っている時に果実をくれたもの。いい子だわ」
 だから目覚めなさい。大切な事を知ったおまえなら、思い出したおまえなら、もう大丈夫だから……。
 そして、おまえの大好きな水や土や空と一緒に生きていきなさい、この地の生ける者と歩を進めていきなさい。この地なら、おまえは望まれて在るのだから……。
 さわり、と枝が彼女に応えて揺れた気がした。
「じゃぁ、俺はもう帰るぞ」
 なにがなにやらわからない間に四日も城に足止めされた挙げ句、こんな東の果てにまで付き合わされた魔法使いは、すでにその使い魔に空飛ぶ絨毯の準備をさせていた。
「ごめんね、レジー」
「そう思うなら、これからは不用意に怪しい物は触るなよ」
 反省していますと顔に書いたローラ姫。
「ねぇ、春になったら、ここも緑でいっぱいになってるかな?」
「まぁ……すこしはマシになっているだろうな」
「だったらレジー、春にお弁当持って視察に来よう!」
「………………それはピクニックと言うのじゃないか?!」
「じゃぁ、ピクニックを兼ねて視察に来よう!」
「…………………………………………考えとく」
 まるで、三度目に出会って三度目に別れたあの日の招待の様に強引な約束。
「さて姫、これにて騒ぎも一件落着ですな」
「そうね、エルファン。城に帰りましょ」
「城に帰ったら書類の山が待ってますよ」
 あと今回の件の始末書も、と付け加えるエルファン公。
「えぇ〜! また増えてるのー?!」
雪が降りそうに冷たい空に、そんな国王代理の叫びが響き渡る。

 トッペンカムデンは、今日も平和なようです。