変な会話




「ねぇ、兄ちゃま、とっぺんかむでんにはぱんつの妖精さんが住んでるよねぇ?」
 緑豊かなトッペンカムデン国のその中央部である王城、しかもその次期後継者の集まるくつろぎの間で、その国の長子は変な単語を耳にして目を点にしてしまった。
 まだ十にもならない長子――舌っ足らずな女の子からの呼びかけからして兄王子は、手にした分厚い本を足元へと落しかけ、かけていた丸眼鏡すら落しそうになる。
 一体全体そんな言葉を吐いたのはどこの誰だと思い返しても、ここにいるのは五つにも満たない妹姫と、その後ろに控える世話係しかいない。そしてこの自分に『兄ちゃま』と言えるのは妹姫しかなくて。
 でもなにをどうやったら『パンツの妖精』なんて言葉がでてくるのだろう。そしてなにを根拠にそう言い張るのだろう?
「――パンツの妖精って言ったか?」
 兄王子はこの後に及んで聞き間違いだと思いたかったのだが
「うん。ぱんつの妖精さんっているよね?」
 と、ふかふかのひとりかけソファに埋もれるようにして今までめくっていた絵本の一頁を指差す。そこには、トッペンカムデンの妖精の想像図が。しかも、小妖精で、背中に薄い羽を持ち、おっきなパンツをはいているように見えなくもない。だからと言ってパンツの妖精とはなんだ、パンツの妖精とは。しかも妹姫の言い方は、どこか見たことがあるような言い方にも聞こえて。
「だって、春にはいらずの谷にぴくにっくに行った時、ぱんつの妖精さんみたものー」
 やっぱりぱんつの妖精さんはいたんだー、とぽやぽやした笑顔でにこにこと笑う妹姫に、兄王子はもうなにも言う気になれなかった。あの万年子供のような母親から生まれた母親似の妹姫が夢見がちなのも仕方ないのかもしれない。そしてその血が自分にも流れているのだと考えると、なにをする気力もこそげ落ちていく。
 父親似の兄王子は、年に似合わない深い深いため息をついたのであった。

   ◆◇◆

「お気に入りのパンツがなーい!」
 緑豊かなトッペンカムデン国のその中央部である王城、しかもその施政者の部屋で、そんな悲鳴が上がっていた。
「花のあしらいがある一目ぼれのパンツだったのにー! まだ二回しか使ってないパンツなのにー!」
 両の手を握りしめてそう雄叫けんでいるのは、誰あろうその国の冠を戴くものだ。しかも、二児の母。けれども、さっきよりその口から出ている言葉は、およそ国王らしいものとも、二児の母とも言えないもので、世話係も額に汗するしかないではないか。いくら目の前の人物のこのような言動に慣れっこであるとは言っても。
 シンプルだけれども年代と金がかかっている上等な調度品も、その主の言動に泣いていそうであった。金のあしらいをしてあるタンスの周囲には、色鮮やかなパンツの海。はたして、古王国の歴史上でパンツの海をつくった国王なんているのだろうか?
「だって姫様、あのパンツは処分する古着の中に入っておりましたし……」
「いーやー信じられなーい! わたしのパンツーっ!」
 お小遣いの半分もつぎ込んだのにー! と、やけに小学生じみた言葉を叫びながら頭を抱えている国王。
 こんな所をあの宰相に見られたらさすがに雷のひとつやふたつやみっつやよっつ……落とされるかわりに『国王としての心構え』『施政者とは』とかの本を山積みにした部屋に一週間くらい閉じ込められるだろうに……と世話係が遠い目で心配してしまうのだが――
「一国の王がパンツパンツと連呼するな――ッ!!」
 宰相の次に恐ろしい『国王補佐』の声が聞こえたので、世話係は一歩も二歩もずずいと後退するのであった。
「だっ……だってレジー! あのパンツ大好きだったんだもん!」
 可愛かったしあったかかったしお気に入りだったんだからーっ! と、国王も負けじと声を張り上げる。
「だからと言ってパンツパンツ言うことないだろう?! もうすこし言動に気をつけろとあれほど注意しているのにお前はまったく聞いていない!」
「レジーだってパンツパンツ言ってるじゃない! わたし、連呼してないもん!」
「またそんな屁理屈を!」
「パンツならなんでもいいパンツに気を使わない人なんだからお気に入りのパンツがなくなったわたしの気持ちなんてわかんないのよーっ!」
 だからねぇ姫様、国王補佐、夫婦でパンツパンツとパンツごときで言い合いなんてしないで下さいよ。痴話喧嘩ならよそでやって下さいまったく。
 と、その場に運悪く居合わせた世話係は、深い深いため息をついたのであった。

 パンツごときで言い争いになるトッペンカムデン、それはそれで平和なようです。