こころの川






梅雨の晴れ間のある日のこと。
ハクと千尋は待ち合わせの森を出て、散歩をしていた。
ふと通りかかった幼稚園の前で、千尋が立ち止まった。


「わー、ハクー。見て!明日は七夕だね〜。」

千尋の視線の先には、園児たちが作ったのだろう、七夕飾りに彩られた竹が飾られていた。

「そうだね。晴れるといいけれど、最近、こちらは雨が続いているのだろう?」

「うん・・・。晴れないと、天の川が見えないね。」

「あちらだったら、そんな心配いらないのにね。」

「あ、そっか。梅雨がないんだもんね。」




そんなことを話しながら、通り過ぎて。
二人の時間を過ごして、ハクが千尋を家の前まで送り届けたのだった。



「ハク、ありがとね。気をつけて帰ってね。」

「・・・ああ。あの、千尋?」

「ん?なぁに?」

「明日の夜、千尋の部屋へ行ってもいい?」

「えっ?!」

・・・それって、それって・・・。
いつかは、という気持ちがあったけど、まさかそんなストレートに・・・。
すぐに思ったことが顔に出る千尋だから、一瞬で耳まで赤くなるのは当然で。


「千尋?」

それなのに、ハクの方は至って普通で。

「っは、はいっ!!」

不自然なまでに声も裏返るし、いつもなら「はい」なんて返事をしないのに。
分かってるけど、どうしようもなくて・・・。
すると、ハクはくすくすと笑いながら。

「明日の夜、ちょっと一緒に行きたい所があるんだ。大丈夫?」

・・・な、なんだ。びっくりした・・・。

「う、うん・・・。」

はぁ〜っとため息をつく千尋の耳元に、ハクがすっと唇を寄せて。

「何だと思ったの?何か、期待した?」

「そ、そんなことっ!!」

あるわけないでしょ!と言いたいけれど、真っ赤な顔では説得力がない。
そんな千尋に、ハクは。

「では、明日ね。」と一言言い残すと、くすくすと笑みをこぼしながら帰ってしまった。






そして、翌日の夜―――
千尋は自室でハクを待っていた。
・・・一体、どこに行くんだろう?


コツン、と何かが窓に当たる音がして、千尋がそちらを向くと。
既に竜身のハクが千尋を待っていた。




ひゅ――、ひゅ――と風をきる音が千尋の耳を掠める。
と、ハクがゆっくりと下降していく。
ゆっくりと着地して、千尋を促す。



「ここって・・・。もしかして・・・。」

「そうだよ、琥珀川のあったところだ。」

振り向くと、竜身から戻ったハクが立っていた。

「ハク?ど、どうして?」

「今日は七夕だからね。」

「??」




ハクが空を見上げると、夜空には天の川が見える。
ゆっくりと視線を千尋に移して。

「私と千尋が出会ったのは、ここだったね。」

「・・・うん。ごめんね、あまり覚えてなくて・・・。」

「いや、それは仕方がないよ。ただ・・・。」

そっと千尋を引き寄せる。

「私たちにとってはここが天の川だなと思ってね。彦星や織姫とは少し話が違うけれど・・・。」

「ハク?」

「ここで初めて千尋に会った。幼かった千尋と遊んだりね。とても、楽しかった・・・。」


ハクの声には少しだけ淋しさと懐かしさを含んでいて。
千尋は何を言えばいいのか、分からなかった。
ただ・・・。
自然とハクの背中に回した手に少し力が入る。





すると、ハクは。
いつものような優しい笑顔で。

「いつもならね、琥珀川がなくなって、悲しいとか悔しいっていう想いだけなんだけど・・・。今日はね、少し違うんだ。」

「どうして?」

「ふふっ。今日は七夕だろう?もし、もしも・・・。今も琥珀川があったら、あの二人のように 思うように逢えないかもしれないけれど、流れがない今は、千尋と自由に逢える。今日だけはそんな風に思える気がしてね。」

だから、今晩は二人で来てみたかったんだ。と続ける。



「ハク、ハクって、ハクって・・・。」



・・・優しすぎるよ・・・



涙が出てきて、言葉にならない。
代わりにハクの胸にギュッと顔を埋める。
そんな千尋の背中を優しくポンポンとするハク。







夜空に流れる天の川。

二人の心に流れる琥珀川。

ハクと千尋にとっては大切な場所。



・・・来年もまた一緒に来ようね。





『PURE WIND』のゆっち様より頂きました!
企画段階で倒れたボケ企画にありがたくも寄稿して下さいました!(企画倒れてしまったのにありがとうございます! 凄く嬉しかったです!)
もしも・・・もしもコハク川が今も存在していれば、今この時はなかったかもしれない。今一時だけでもこの現実を前向きに捉えられるこのハク様はしなやかに強いなと思いました。そして千尋ちゃんは素直で良い子です!
ゆっち様、本当にありがとうございました!!