※このお話は、映画「千と千尋の神隠し」の内容や設定とは異なる部分があります。あらかじめご了承下さい。
――これは、千尋とハクの不思議な恋物語。――
パシャ…パシャ……。
波の音?
……いや、違う。
「熱帯魚…」
音がしている波間の方へと私は足を運んだ。
すると、波打ち際に一匹の熱帯魚が、岩に尾鰭(おびれ)を挟まれ体をくねらせている。
「泳いでいる内に岩の下に尾鰭が挟まったしまったのか?」
私はその熱帯魚の尾鰭を挟んでいる小岩を持ち上げてやった。
「あまり浅いところで泳いではいけないよ。」
まるでありがとう、と礼を言うように、熱帯魚が小さく跳ねた。
そしてスーッと沖の方へ泳いでいく。
思えば、これが不思議な出会いの予兆だったのかもしれない。
☆☆☆☆☆
私はニギハヤミコハクヌシ。
八百万の神々が病気や傷、疲れを癒しに通う、ここ湯屋〈油屋〉の帳場を預かっている。
毎日毎日、決められた仕事をただこなすだけ。
楽しいことなど何一つもない。
けれども退屈はしない。
何をしたいとも思わない。
私は一体、何のために生きているのだろうか…。
そんな時だった。
私が不思議な少女に出会ったのは―――…。
その日の昼間……私はなかなか寝付けないでいた。
少し散歩でもしようか…。
そう思い、素早く身支度を済ませて玄関に向かった。
外に出ると、皆がもう既に眠りについているせいか、辺りはしーんとしている。
そんな中、油屋の前に架かっている橋を渡ろうと足をかけた。
…その時。
橋の上に誰かいることに私は気がつく。
……あれは…女性だろうか。
自分よりも頭二つ分程背が低く、肌は透けるように白い。
身に付けている白いワンピースに劣らないほどだ。
腰まである茶色い髪の毛が、時折吹く弱い風でさらさらと宙に舞う。
横髪を少量束ねて青いリボンで結んでいる。
…と、自分を見る視線に気がついたのか、その女性がこちらを振り向く。
その顔は……女性のものではなく、まだ少しあどけなさが残る少女のものだった。
「そなた、ここで何を…」
私の言葉はそこで途切れる。
何故なら…彼女の瞳から透明な雫が零れ始めたから…。
「会いたかっ………」
そう言うと彼女は私に抱きついてきた。
「……え?」
「会いたかったの…。」
「どうぞ。」
「おじゃまします。」
あのまま橋の上にずっといては体が冷え込むと思い、まずは彼女を自分の部屋に迎えた。
それにしてもこの少女は誰だ?
考えても全く思い出せない。
そもそも本当に知り合いなのだろうか?
………。このままでは埒があかない。
とにかく素直に聞いてみるか…。
「…そなた…名前は?」
「千尋。」
「千……尋?」
「うん、千尋。………あの……」
「何だい?」
「……コハクの側に…いちゃだめ?」
「え?」
「お願い。コハクと…一緒にいたい…。」
今にも泣きそうな顔で千尋という少女はそう私に懇願する。
「………」
そんな千尋の頬に、私は無意識の内に手を伸ばして言っていた。
「いいよ。…そなたがいたいだけここにいて…」
自分の口から思わず出た言葉に驚く。
何を言っているんだ?
今しがた会ったばかりの少女に何を……。
しかしそう言わずにはいられなかった。
「ありがとう。」
そう言って、千尋は本当に嬉しそうに笑う。
「……今日はもう遅いから休もう。」
「うん…。」
予備の布団をもう一式敷き終えると、私たちは眠りについた。
「……ん」
私は目が覚めると同時に自分の左隣へと視線を移す。
そこには千尋の姿…ましてや布団さえもない。
「夢……だったのか…?」
「何が?」
はっとして声がした方を見れば、机の前で千尋が正座をして微笑んでいた。
「……千尋?」
「なぁに?」
私の問いかけに、まるで鈴の音のような高い声を発して千尋が答える。
「…いや……何でもないよ…」
夢ではなかった。
「…あっ、そうだ。机の上、整頓しちゃったんだけど迷惑だった…かな?」
言われて机の上に視線を走らせると、確かに昨日そのまま広げてあった書類が机の上の棚に綺麗に片付けられている。
「大丈夫だよ。…ありがとう。」
そこまで言って私はふとあることに気がついた。
「千尋?……指どうした?」
「え?…あ、紙で切っちゃったみたい…。」
へへっと恥ずかしそうに笑う千尋。
私は起き上がり、千尋の白い指をとって傷口にそっと口付ける。
「コハク/// いいよ、大丈夫……」
「だめだよ。ちゃんとしないと菌が入ってしまう。……はい。あとは絆創膏(ばんそうこう)でも貼っておけばいい。」
「…ありがと、コハク。」
「どういたしまして。…さて。私はそろそろ仕事に行かなければ。」
「……どのくらいで終わる?」
「たぶん…かなり遅くなってしまうと思うよ。先に寝ててくれて構わないから。」
「…………わかった………」
千尋がしゅんとしてしまう。
そんな千尋の頭を撫でてやる。
「そんな顔しないで。…あぁ、そうだ。仕事を始める前に何か食べる物を持ってくるよ。待っていて。」
「……ん…。…いってらっしゃい……」
「あぁ、行ってくるよ。」
そう言って私は立ち上がり、自分の部屋を後にした。
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