Daydream 



暖かな日差し。
ふわふわと柔らかな草枕。
ほんわりと、どこか懐かしい、土の匂い。

時間はゆっくりと蜜のように滴り、黄金色に輝いて。 
とろりと甘く滞り、その流れを止める。

ほんの、ひととき。


大きな桜の木の根元に、やすらかな表情で眠れる栗色の髪の少女。
その顔に、身体に、ひらひらと散り掛かるのは、切り取られた一瞬の時間。





「・・・ひろ・・・・、千尋・・」

「・・・ハク?」

まだ夢からさめやらぬ目を、ぼんやりと開ける。
そこには、夏の日差しに目を細めた、生真面目な少年の顔。

「慣れぬ仕事で疲れたのだね」

少し困ったように、首を傾げて言う。
優しい微笑みと、いたわりを含んだ声。

ああ・・・そうだった。
私、豚にされた両親をもとの姿に戻すために、この世界で働いてるんだった。
毎日が辛くて、寂しいけれど・・・・でも、この少年はいつもとても優しくて・・・・

「なんだか、ずっと夢を見てたみたい」

「夢? どんな?」

さっきまで、覚えていた筈の夢は、捕まえようとする千尋の意識をするりとすり抜けて、どこか記憶の奥深くへとあっという間に逃げ去ってしまった。
千尋はしばらくの間、僅かに残された夢の残滓を頭の中でこねまわしていたが、ふいに大きなため息をついた。

どうしても、思いだせない。


「・・・・忘れちゃった」

ハクは、そんな千尋を見て、ふふ、と笑う。

「まだ、仕事まで少し時間があるから、もう少しお休み。私が傍についていよう」

その言葉にすっかり安心して、千尋は再び草の上に頭を伏せる。
ハクはすぐ隣に腰を下ろすと、やさしい翠の瞳で千尋を見つめていた。

頭上の梢の木漏れ日が、二人にきらきらと光の網を投げかける。

その光景に、前にも見覚えがあるような気がして、千尋は半分眠りに引き込まれながら、懸命に口を開こうとした。

「ハク・・・私、前にも・・・・・」






「・・・千尋?」

「・・・・え?」

気が付くと。
目の前には、柔らかな蒼い空を背にした、端整な青年の顔。

・・・これは、誰?

・・・たしか、さっきまで、私、ハクと・・・


ふいに、白い水干の少年と、目の前の青年の顔が、オーバーラップする。
年齢こそ違うけれど、同じ真摯な瞳と、意志の強そうな口元。
そう・・・・これは・・・。

「ハク・・・だよね?」

青年の翠の瞳が、”え?”というように、少し見開かれる。

「さっきまで子供だったのに。どうして、少しの間にそんなに大きくなっちゃったの?」

千尋の、呂律のまわらぬ口ぶりに、ハクは苦笑を浮かべた。

「夢を見ていたのだね」

・・・・・・あ・・・・・・・・・・・夢?

「最近、子供の世話であまり眠っていなかったから・・・・少し休むといい、千波はわたしが見ていよう」


千波・・・? 千波って・・・?


ああ、そうだった。

私は、ハクとこの世界で結ばれたんだった。
ついこのあいだ娘も産まれたばかりで、毎日、とても幸せで・・・・・・


春の桜がひらりひらりと、風に舞う。
ハクの腕に抱かれた、むくむくとした赤子の柔らかな腕に、足に、うす桃いろの花びらが、やさしく口付けるように。

微笑んでその光景を見ながら、再び、うとうととまどろむ千尋の髪にも、ひらりとひとつ。




「千尋・・・?」

名を呼ばれてうっすらと目をあける。

「あ・・ハク・・・・千波は?」

慌てて起き上がって、千尋が発した問いに、ハクは首を傾げた。

「え? 誰?」

「だから、ちな・・・・」

・・・・・・あ・・・・・・・・・・・夢?

ふいに、今までの記憶が戻ってくる。

ああ、そうだった。
わたし、ハクに会うために、もう一度この世界にやって来たんだった。
今年の・・・・・17歳の、夏に。

「こんなところで転寝していると、風邪をひいてしまうよ」

もう秋なのだから、と苦笑するハクの表情に、千尋は、いつか見たような不思議な既視感を覚えた。


「なんだか、ずっと夢を見てたみたい」

「夢? どんな?」

さっきまで、覚えていた筈の夢は、捕まえようとする千尋の意識をするりとすり抜けて、どこか記憶の奥深くへとあっという間に逃げ去ってしまった。
千尋はしばらくの間、僅かに残された夢の残滓を頭の中でこねまわしていたが、ふいに大きなため息をついた。

どうしても、思いだせない。


「・・・・忘れちゃった」

・・・・でも、とても、幸せな夢だったような・・・・・



「千尋、何か、髪に・・・・」

ハクが、ふいに千尋の髪から何かをつまみあげる。



それは、うす桃いろの・・・・

「花びら?」


こんな季節に? と首を傾げるハクを、千尋は不思議な気持ちで見つめていた。


再びここへ来て、まだ数ヶ月。
それなのに・・・・・とても永い間、一緒に過ごしてきたような。
この瞬間を何度も何度も、見たような。

甘い、既視感。



ひらひらと、二人の頭上に木の葉が舞い散る。

ひらひらと降り積もる、今、このときの一瞬の輝き。
これまでも・・・・そしてこれからも。


                                          
夢を見たのは、誰?
過去の千尋? それとも未来の千尋?

それとも・・・・?



〜Endless of dream  ・・・・・ for you ・・・




『ぐりーんふぃーるど』の榊屋 雀様ことかにゃ様より頂きました!
わたしが書きたくったはしにも棒にもかからない小話でこんな素敵なお話を頂戴できたなんて申し訳なく思うんですけど、よろしかったのでしょうか?? と言いましてもありがたく頂戴した後なんですけど(笑)。

千尋ちゃんが見た夢は、いつかあった『過去』か望む未来か? それとも問答無用で訪れる過去と未来の世界なのでしょうか? どちらにしても優しい優しい夢ですね。

かにゃ様、本当にありがとうございました。