光と闇




     叶えようとする望みが

     光を手にすることならば 闇に堕ち  

     光と共にあることならば 闇に打ち勝つ





ラズウェルが従者を連れて狩りに出掛けたおり

森の中で狼から助けたジプシーの少女が礼代わりにくれた予言。

光を手にすることと共にあること。

同じようで違うその意味にラズウェル以外気付く者はなかった。

光とはヘイゼルヤードで初めて出逢った日から今も彼の胸に住まい続ける

ダイアモンド姫と称えられた天空の国の王冠を戴く金の髪を持つ女。

闇とは、鉄の王子と呼び称されたラズウェルの中に巣食う

名の通り黒い鋼のような暗く危険な感情のことなのだろう。

トッペンカムデン城の一室でローラが来るのを待ちながら予言を

思い起こしているラズウェルの顔は暗い。




敵国バイゼルがレジーを暗殺するために刺客を放った。

王位を捨ててまでも結ばれたいと願った夫を失えば幾らキレ者の宰相が居ようと

心乱れた王のいる国はガタガタになるだろうと踏んだのだ。

レジーはパナカナに逢う為に一週間程前からトッペンカムデンを不在にしている。

それを知ったラズウェルは既に姫の耳に入っているのだろうと何もしなかった。

だが4日が経ち、その間トッペンカムデンに何の動きも無い。

もしかしたら、未だ知らずにいるのだろうかとやってきたが

私は本当にそれを言う為に来たのか?

ただ姫に会いたかっただけでは無いのか?

4日も何もせずに居たのはレジーが亡き者になれば良いと思っていたせいでは無いか?

大事な話があるから話が終わるまで誰も来てはならないと人払いをしたのは何故?

姫に言わず、まず初めに宰相殿に聞けば良いことだろう?

ラズウェルは窓辺に立ち空を見ながら自分の中の答えを探す。


窓からトッペンカムデンへ大きな黒雲が早足で向かうのが見える。

あっという間に国の上を覆いつくし黒雲は雷を伴い嵐を呼んできた。

大粒の激しい雨が降り乾燥した地を潤す。


「嵐が来たね」

突然背に掛けられた声に息を呑んだラズウェルは振り返る。

その彼の深く翳った表情にローラは眉を顰めた。

「どうしたの?悪い話?」


  姫――― 

  レジーが居なかったら私を選んでくれましたか?

  彼が居なくなったら私を選んでくれますか?


口にしようとした時、それを止めるように雷光が走る。

レジーはカノッツァを失っても腕の立つ魔法使いに変わりは無い。

暗殺も失敗に終わるだろう。

人払いしたから誰も来ない。―――今、想いを遂げてしまおうか。

「ぎゃっ」

一際大きな雷鳴に悲鳴を上げたローラがラズウェルにしがみ付く。

「大丈夫ですよ」

背に廻される手に力が篭る。

お誂え向きだ。この雷鳴は彼女の悲鳴を消してくれる。

それにこの嵐だ。レジーも帰っては来ない。

「姫・・・。」

ラズウェルは細く長く柔らかい金色の髪に指を絡め

震えて抱き縋るローラに見えないように髪に口付けた。

自分の考えが愚かしく浅ましいものだと言うこと位分かっている。

投獄を免れたとしても戦争になるだろう。

そんなことは構わない。

だが、姫は私に二度と逢ってはくれないに違いない。

そう思うと彼女の背に回した手が力をなくし

邪まな心を戒めるように以前パナカナがくれた慰めの言葉が頭を過ぎる。

諦められないなら最後まで守れ。最後には誰よりも近い場所にいるかもしれないと。

光と共にあれば闇に打ち勝ち自分も同じように光る存在になれるだろうか。


激しい雨が振る窓の外に目を向けたラズウェルは暗殺の件を言い出そうと口を開く。


しかし、雷光が嵐の中を駈けて来る早馬を照らすのが目に入った時

欲望と言う名の稲妻が胸の中の偽善を切り裂くのを感じて彼は闇に堕ちた。



  激しい雨の中、使者が携えてきたのは恐らく訃報。

  私にとっては――― 朗報。


ローラは身を竦め、そろそろ来るだろう雷の激しい音を目を固く閉じて待ちながら

ラズウェルの嬉しそうな笑い声を聞き安堵の溜息を漏らした。

「よかった。話って何か良いことがあったのね?」

笑いを堪えながらローラから早馬が見えないようカーテンを閉める。


「ええ、とっても―――」

ラズウェルの声を雷鳴が消した。





− 終わり −




pekocan』のpeko様から頂きました。
まさかトッペン話で黒系統を拝見できる日が来ようとは・・・と言いますか、
peko様がお話を書いてくださることになろうとは思ってもおりませんでしたので、
話の暗さに反して心はうっきうき(笑)。無理を言いまして掲載させて頂きました。
ですので、(ないとは思いますが)苦情等ありましたら橘の方へ。
ご感想をお送りしたい方はpeko様へお願い致します。

人の心とはほんの少しのきっかけで善にも悪にも、光にも闇にも落ちるもの。
なぜなら善も悪も光も闇ももっているのが『人』だから。
その、『ほんの少しのきっかけ』がもしあったならば、
あのトッペンでもこんな先の見えない混沌としたお話を
つむぐことができるのだと感嘆するしかありません。
peko様のお話は、酔いに気がつかずに過ぎてしまうお酒みたいなものなのです。