こんなに近くにいるのに、なんて遠い目をするのだろう。
私を見るその瞳は、いつも私を通り越しているのだと。
思って、いた。
母に似ている、と言われるのは、もう何度目だろう。
彼らが話す母の話は、しかし彼女にとっては他人ごとにも等しい出来事だ。
懐古の眼差しを向けられるたびに、千景は曖昧な笑みを浮かべることしかできない。
無理もない。
瞳の色を除けば、
「そっくり」
だった、という彼女の母は、千景が生まれたと同時に、息を引き取った。
無論、その時のことを千景に語るものはいなかったが、千景は聡い子だ。
己が身に二つの血が流れていることを知ったときに、自然と悟ったのだ。
異種族間の婚姻の結果は、二つに一つ。
それが千景とその父の関係をも生み出したのだ。
ハク、と母が呼んでいたように、千景もまたその名で彼を呼ぶ。
それは父に対する、千景のせめてもの反抗なのかもしれない。
自分は、むしろハクに似ているのだと思う。
他人が聞けば首を傾げるであろうが、千景にとってはそれが一番しっくりくる。
例えばそれは、憎らしいほどの冷静さだとか、盲目なまでの執着だとか。
そういった竜に見られる性質は、そのまま千景の中に息づいている。
だからハクがどれだけ母を大切にしていて、焦がれているのを知っていても、彼女は目を瞑る。
自分こそが、この地にハクを繋ぎとめるくびきであることも、彼女は知っていたから。
傍にいながらも、遠くを見ている彼に何度言いかけただろう。
私を見て。
ねえ、ここに私はいるの!
そう泣き叫ぶことができれば、どれだけ良いであろう。
哀しいことに、そうするには千景は矜持が高すぎた。
この幼子は、その幼さのままに振舞うには、聡すぎた。
竜の血の業の深さは、お互いを近くて遠い距離に置き続け、そしてそれはハクの生が終りを告げる日まで、変わることはなかった。
ざあ、と風が頬を撫でていった。
視界一杯に広がる海を見下ろしながら、千景はその場にしゃがみ込む。
母は雨が降った後にできる海を見るのが好きだった、と湯女を取り仕切る狐の女性が良く言っていたのを思い出したからだ。
ハクが逝ってから、千景は気付いたことがある。
思えば、ハクは一度も千景が千尋に似ているとは言わなかった。
「同じ顔をしている」と言いながらも、その仕草に懐かしさを見出したりはしなかった。
それは愛情には程遠いけれども、それでも彼は千景を見ていたときもあったのだと、思う。
ハクは竜の血の業のままに生きた。
だって彼は「竜」なのだから、仕方のないこと。
けれども自分には母の・・・他人の「幸せ」を願う「人」の血も流れているのだから。
きっと違う生き方もできるだろう。
今は分からない「幸せ」の意味を探しながら、彼女自身の生き方を。