覚えているのは、鮮やかな星の色と――遠い声。
* * *
天涯孤独。
人は僕の境遇を知るとそう言う。
父親は、僕がまだこの世に生まれる前に事故で死に、母親は僕がものごころつく前に病死したらしい。
そう、叔父さんが教えてくれた。
叔父さんは僕のたったひとりの身内だ。叔父さんは結婚もしていなかったし、もちろん子供もいない。僕を引き取って育ててくれた叔父さんにとっても、僕はたったひとりの身内だ。
叔父さんにはいろいろなことを教えてもらった。でも、男所帯だったので、かたづけなんかはさっぱりで。けれど、そんなかたづけや躾なんかよりももっと大切なことをたくさん教えてもらったから困ってはいない。
罠をしかけて兎をとる方法や、家庭菜園の作り方や、魚の釣り方や、鳥の鳴き真似やラジオのばらし方や――魔法の存在を。叔父さんは魔法使いだったんだ。
そんなにも大切な叔父さんとも、すぐに別れなくてはならなかった。僕が十歳になる前に、仕事で出かけた遠い国の戦争に巻き込まれて死んでしまったのだと聞いた。どうやら僕は血縁運が悪いらしい。
その頃には僕にも魔法の才能があることがわかっていて全寮制の魔法学校に入っていたから喰うに困るわけでもなかった。それでも平静ではいられなくて、勉強に打ち込んだ時もあったけれど、なにもかも投げやりになった時もあった。
夏の長い休みには、叔父が残してくれていた、草原にぽつんとある小屋に行った。帰る場所もない、会いたい人もいない僕には、誰にもあわずに済むこの小屋での生活は苦ではなかった。
なによりもここの景色は美しかった。空は抜けるように青く、草が一面に広がり、軽やかに風が吹く。世界でたったひとり僕しか存在していないのだと錯覚して癒される。
格別なのは夜空だ。夏の流星群に乗って小さな火の精霊達が命を燃やしている光景は素晴らしい。
そうだ、夜空だ。流れ星が落ちるんだ。その光景の中で一瞬見えた女の人の姿――星色の髪と――必死に張り上げた声が――
ハウル、待ってて。
あたし、きっと行くから。
未来で待ってて――!
天涯孤独な僕の名を呼んで――
『待ってて』と――『会いに行くから』と――
それはどんな絆なの?
それはもう切れない絆なの?
信じても――いいの?
星の瞬きみたいに、僕の心に残る、その声を――信じても――?
これは、飲み込んだ流れ星が見せた――幻では――ないの??
* * *
「あら、ハウル、よく眠ってるわね」
ソフィーは買い物から帰って来るなり、暖炉からほどほど離れた場所に置かれたソファで眠り込んでいる城の主を見つけた。ある意味、無視しようにも無視できない位置であり人物ではあったので当たり前であったが。
「昨日夜遅くまでなにかしてたみたいだよ、ソフィー」
荷物番としてくっついてきたマルクルが、大きな買い物袋をテーブルに置きながらハウルのかわりに小声で答えた。
「マルクル、そんな夜遅くまで起きてたの?」
ダメじゃない、と母親のように声をあげたソフィーに、マルクルは必死に頭を振った。
「違うよ、ソフィー! ぼく、トイレに起きたんだ。そしたらハウルさんがまだなにかしてたみたいで……」
夜更かしなんかしてないよ! と必死に抗議するマルクルに助勢するかのように、年老いた犬が『ヒンっ』としゃがれ声で鳴いた。
「そうよねぇ、マルクル、夜ははやいものねぇ」
朝も遅いけど、とソフィーは笑った。
「じゃぁ寝かしておいてあげましょうね。おやつにホットケーキ焼くけど、ハウルが起きないことを祈って、ひとり三枚重ねにしましょう。たっくさんメープルシロップかけて食べちゃおう!」
三枚、三枚嬉しいねぇ。と、うつらうつらとしていた荒地の魔女が目を覚まし、歌うように同意した。
そんな楽しげな声を聞きながら、ハウルは心の中で瞬いていた小さなひとつの声がどんどんと数を増やすのを感じて、ゆるやかな眠りを楽しむのだった。