「それでは、どうしてもわたくしの後継者にはならないと?」
「不出来な弟子のことなど捨て置いてください、サリマン先生」
王宮付き魔法使いは、大きくため息をついた。目の前には手塩にかけて育て上げた、おのれの後継者と目していた若者の姿。けれどもその若者は、おのれとの決別の場に臨んでいるのだ。
「甘く見られたものね、ハウル。わたくしが本気を出せば、あなたの意思などすり替えて、ここに留め置くこともできるのですよ?」
「でもあなたはそんなことはなさらないでしょう?」
ごく自然に切り返してくる弟子であった若者の言葉に、サリマンは笑みを浮かべた。どこか晴れ晴れとしていながらも……どこか面白がる笑みを。
「ならばハウル、ゲームをしましょう? 一年経ってもあなたが『なくした大切なもの』を取り戻せなかった場合は、わたくしの元にもどると」
あなたが完全に『心』を無くしてしまうだろうそのぎりぎりまでは待ちましょう、との言葉をサリマンは飲み込んだが、ハウルには伝わっただろうか。聡い弟子ならわかったかもしれない。心がなくなったものなどただの肉、偽の心を植え込んであやつるなど造作もないこと。
ハウルも笑った。サリマンの思惑など知りもしないような、無邪気な笑みだった。
「いいでしょう。でもぼくは、なくしたものを絶対に取り返します」
あら、でも、これはゲームよ。そんな『当たり前』なことを簡単に達成されてはつまらないわ。
そう、ハウルと同じように無邪気な笑みを浮かべたサリマンは、その一ヵ月後、国王をそそのかし、隣国の王子をかどわかし、戦争を起こした。
「ハウル。戦争が起きるわ。人がたくさん死ぬわ。これはあなたの責任ではないけれど、それでもあなたは嫌でしょう?」
戦争なんて嫌でしょう? その軋轢の中で、なくした『心』を捜しなさいな、ハウル。
そしてはやく諦めて、わたくしの元にもどりなさいな。