綺麗ナ形





「ソフィー、これ、綺麗だろう?」
 ハウルは時々……よりも頻繁に、そんな台詞とともにソフィーの元に現れる。もしくは至極似通った台詞と共にソフィーをその場所まで連れていく。
 ある時は高価そうな綺麗な細工物を持ってきたと思えば、ある時はどこかの家の軒先にでも置いてあるような素焼きの鉢植えにおさまったオレンジのガーベラを持ってきた。
 ある時は極彩色の絵を持ってきたと思えば、魔法のドアをくぐって雨上がりの緑が美しい森の散歩に誘ったりする。
 もう『魔女除け』なんて必要ないだろうに、増えていくハウルの部屋の綺麗ながらくたたち。壁に貼られた地図に増えていくとっておきの風景のありか。
「ハウルの『綺麗』って不思議よね」
 いえ、あたしも大概そんな感じで、なんでもかんでも『綺麗』だと思ったら『綺麗』と言っちゃうし、その『綺麗』にもいろいろあるけれど。
 空を飛ぶ小鳥も綺麗だと思うし宝石も綺麗だとは思うわよ? 細かな細工物も綺麗だし、雲ひつとない青い空も綺麗だと思うわよ? 道端に咲いている花も綺麗だし、綺麗に描かれているなら絵の花だって綺麗だわ。はじめて見た海もとても綺麗だったし、はじめてみた王宮だって綺麗と感じたわ。
「でもハウルの『綺麗』って、もうちょっと不思議なの」
 ハウルが『綺麗だろう?』の台詞とともに現れるたびにソフィーはあの時のハウルの姿を思い出す。蜜柑みたいな色に染まってしまった髪に絶望して、うなだれていた彼の姿。身も世もないような、嘆き。あの一瞬、たしかに彼が空っぽになってしまった気がした。
『美しくなければ意味がない』――あの時のこの台詞には色々な意味で驚いたし悲しくなってしまったけれど――ちっとも綺麗じゃない自分を否定された気がして――綺麗なんて言葉とは程遠いお婆さんの存在そのものを否定された気がして――とてもとても悲しくなってしまったけれど、ハウルが抱えていた秘密を知ってからは、そんなに単純な意味ではないのではないかとソフィーは考えていた。
 自然界のイキモノでも、他の鳥の羽をおのれの翼に組み込んで装う鳥はいる。周囲の色にあわせて体色を変えるものもいる。
 けれども、率先しておのれを飾るイキモノなんて人くらいしかいない。『綺麗』に執着し、おのれのもとから持っている色や形さえも不自然に、人工的に手を加えて変えようとするのは人くらいだ。皮膚の表面を鮮やかな服で覆い、頭には帽子を、手の先にまで飾りをするなんて人くらいだ。より綺麗に、より目立つように装う――けれど、『装い』には『おのれの醜さを隠す』意味もあるのだとしたら?? そして、あのハウルの秘密の姿を、彼自身が『醜い』と思っていたら? あの異形の姿を『醜い』と感じていたら??

 あの鳥の姿を『ハウルだからどんな姿でも醜くない』『怖くない』と言えるほどソフィーはできた人間ではないとよくわかっていた。だからあの鳥の姿を『醜い』と思っているだろうハウルの気持ちはよくわかる。
 あの姿は『自分達を守る為に必要だった姿』だと言われても、あまりにも悲しすぎた。あまりにも『人』とはかけ離れ過ぎていた。彼は、そのまま『人』ではないものに変わっていくのを恐れていたのかもしれない。

 だからこそ、彼が『美しくなければ意味がない』と言うのは――『綺麗』に執着するのは――もしかしたら『醜い姿を隠す』ことと――『綺麗を知っている人間らしさ』にこだわっていたのかもしれない。

   * * *

「ソフィー、城が綺麗な湖の上を飛んでいるよ! テラスにおいで!」
 階段を駆け下りてきたハウルは、またもや似通った台詞と共に現れた。その表情は心底嬉しそうで楽しそうだったので、繕いものの手を止められてもソフィーはなにも言えなかった。

『人らしい欲』と言えば、物欲や食欲なんかもあるだろうに――『綺麗』にこだわったところがハウルらしいわよねぇ? とソフィーは思いながらも、嬉しげに手招く、黒髪の魔法使いの誘いに乗るべくテラスへと向かうのであった。

   * * *

「でも、あたしなんかに向かっても『綺麗だ』って言うんだから、ハウルの『綺麗の基準』って変よねぇ。そう思わない、カルシファー?」
 太陽色したかぼちゃのポタージュにも、素晴らしい色に温め直せたパンの色にも『綺麗だ』って言ってたし、ハウルの『綺麗の基準』ってやっぱり少し変じゃない??
 ハウルが現れる直前のソフィーの台詞に、カルシファーは暖炉の中で炎の腕を組んでニヤニヤと笑った。
『綺麗』ってのには色々な意味があるのに――見た目の『綺麗』や、見えないものの『綺麗』があるのに――『綺麗』を『綺麗』だと思ったらそれが『綺麗』になるのに――そこには『理屈』なんてないのに、それをわかっていないソフィーもどっちもどっちだ、とカルシファーは思うのだ。

 暖炉の傍にある椅子には、綺麗な刺繍を刺しかけのハンカチがぽつんと残された。
 できるだけ綺麗にできますようにと祈りを込められた、素朴で、でも――ハウルにとってはなによりも『綺麗』だと言わせることになるモノ。見た目なんかでは測れない『綺麗』な形。
 その時の光景を思い浮かべながら、カルシファーはひとり、ニシシと笑った。赤い火花がぽうぽうと楽しげに弾け、それもとても『綺麗』な形であると、カルシファー自身も気がついていないのであった。

 ある意味、一番ハウルが自分に正直なのかもしれない。