美味し糧





 その空飛ぶ城の食事時には、ひとつの大切な儀式があった。
 それぞれの食器を掲げて
「美味し糧!」
 今日も美味しい食事を揃ってとれることに感謝を捧げる。なんて微笑ましい家族の儀式。
 ソフィーとハウルは飲み物の入ったカップを、マルクルは魚のソテーが盛られた皿を、マダムは添えられたパンを掲げ、ヒンも皿の前にちまりと座って『ヒンっ!』と嬉しげに声を合わせる。カルシファーも暖炉の中で声を揃えてから良い香りのする薪をかぷりと口にくわえるのだ。
 けれども今日はその唱和の後で、遊びに来ていたカブ――もとい、ジャスティン王子がくすくすと笑って声をあげた。もちろん、慣れた手つきでグラスを掲げ、声を合わせた後でだ。
「もう慣れてしまいましたけれど、はじめの頃はなにを言っているのかわかりませんでしたよ、『美味し糧』って」
『慣れてしまった』のは『食事時の儀式』だけではなく、ジャスティン王子がこの城に訪問する時の格好も『慣れたもの』だ。ぱっと見ただけでは町の上品なお坊ちゃんで通りそうな庶民的な格好も板についている。白い衣装に白い帽子、なんてとことんと浮世離れをした出で立ちで町中をうろつかないだけの分別は充分にあったらしい。
「そうそう、あたしもびっくりしたわ」
「あぁ良かった。私だけではなかったんですね!」
 お客様をお迎えして和やかにはじまった夕食に会話が弾む。
 ソフィーの料理は相変わらずで、魚のソテーも美味しいし、スープだって絶妙だし、サラダだって色鮮やか、温め直したパンもふっくらしていてとても幸せだ。けれど、ジャスティン王子とソフィーの会話が弾むのはその幸せをすこぅしばかり翳らせるものではないかと思うハウルであった。
 それでもとりあえず一言目は黙っておいた。なにせ、相手はお客様。自分はホストなのだ。その上に、今は人の姿をしていても、彼はあのかかしのカブであり、家族であるのだし。
 この時、相手が『王子様』なんてところが問題にならないのがハウルらしかった。相手は所詮人間、その間に溝なんてない、がハウルの持論だからだ。けれども、『自分がほったらかしにされているようで寂しい』なんて気持ちがほんのちょこっと心の隅っこにあるのだと、それが少しばかりご不満なのだととりあえず自覚はしている、ソフィーあたりが知れば多いに呆れられるだろう心の狭いホストではあったが。
 そんな狭量な駄目ホストの心中など知らず、ジャスティン王子と料理長の会話は続いている。
「私が知らない異国の祈りの言葉かと思いましたよ」
「あたしはこう聞き間違えてしまったわ。『馬鹿手』って。そう唱えたら食事が倍にも美味しくなる魔法かと思ったものよ。『馬と鹿の手』って異国で有名な『熊の手』よりも美味しい珍味で、それくらい美味しくなれっておまじないなのかなって。だってここは魔法使いのお城なんだもの」
「本当に、ここは不思議がいっぱいですねぇ」
「……」
 けれども、『庶民と王子様』と『男の子と女の子』の溝はどうやら深いものがあるらしい。マルクルとなら意気投合する『美味し糧』の『心が浮き立つ特別な合言葉』が、目の前のふたりにとっては『異国の祈り』で『馬鹿手』に化けるのだ。
 その日の夕食中、ハウルとマルクルがどよんとしていたことに気がついていたのはマダムとヒンのみであったが、どんよりしている男どもをほうっておいて続けられるジャスティン王子とソフィーの会話に嬉々として参戦したマダムとヒンは立派な『薄情者』なのかもしれない。
 カルシファーだけがハウルとマルクルに
「夜に反省会だ」
 妙に熱のこもった小声で声をかけたところを見ると、どうやらカルシファーもハウルよりであったらしいと窺い知れる、とある夜はふけていく。




短い……その上、いつの間にかジャスティン王子出てきた……どうして??
うち的には『カブ』じゃなくて『ジャスティン王子』で行きますのでよろしくお願いいたします。
ちなみにわたしは『美味し糧』を『馬鹿手』と聴き間違えて『秘密の合言葉??』と思ってしまいました(笑)。台本を見てはじめて『美味し糧』なのだと理解したくらい。
うち的ハウルさんは『秘密基地のリーダー』なので、『合言葉』とか好きそうです。隊員はマルクルとカルシファーだけと言うちみっちゃい秘密基地(笑)。