≪ 三日後に迫ったるは、天使なエリシアちゃんの、記念すべき第一回目の誕生日なんだから派手にいかなきゃぁならんのだ、わかるだろぉぉぉぉぉぉ? ≫
遥か東の國では『七歳までは神のうち』と言うんだ、まさしく神の子なエリシアちゃんに貢物をする栄誉に噎び泣くがいい!
なんぞと、いつものようにでろでろあまあまな馬鹿親ぶりをいかんなく発揮したヒューズ少佐の能天気な電話を受けながら、マスタング大佐はいつものように額に青筋を浮かべていた。受話器をどんなに耳から離しても、ネジが十も二十も飛んだ気色の悪い笑い声がすぐ傍で聞こえるようだ。
とうとうお前の子は人間をやめて天使になったのか、それとも父親はよその天使か? そう切り返したくなってしまう。つい半年前までは『天使のような』であったのに、この一ヶ月間の馬鹿親ぶりはそれを突き抜けてしまったらしい。まだ産まれてから一年も経っていないのにこの壊れよう、行き付く先はどこなのだろう??
いや、馬鹿親ぶりは二ヶ月前から加速しているのだとは気がついていた。なにせ、三日後の誕生日準備の為に、あの馬鹿親ヒューズ少佐は連続一週間の有給届けをしたためていたくらいなのだから。
しかも
『一ヶ月の有給と言いたいところだったが、これでも我慢したんだぞ!』
との、誇らしげな言葉付きであった。
「こんのド馬鹿親が!」
怒鳴りつけて有給を当日の一日だけに絞らせたのは、たしか二ヶ月前。
同じ台詞を最後に、いつもの如く叩きつけるように受話器を置いたマスタング大佐を直視する勇気がある者は、その場に運悪く居合せてしまったふたりのうちのひとり、ホークアイ中尉だけであったらしい。いつもいつもあんなに乱暴に取り扱われても壊れないあの電話は実はとてつもなく頑丈で偉大な代物なのかもしれない、などとどこかずれたことを考えてはいたが。
とりあえず意識の切り替えのはやいマスタング大佐は、馬鹿親のむさ苦しいひげづらを脳裏のスクリーンからさっさと退場させ、次のことを考えていた。
馬鹿親ヒューズの天使の誕生日を忘れていたわけではない。『憶えている』と『誕生日を祝う』の行動が頭の中で繋がらなかっただけだ。けれどもこれだけ電話でねちねちと言われたのに『祝い』をすっぽかしたとなると、次の馬鹿親自慢に加速装置がつくのは必至。今度は『天使』『神の子』ではなく『神』そのものになっているだろう。
……さて、どうしたものやら。
無表情で思案しているマスタング大佐を、これまたきりりとした『無表情』で眺めているホークアイ中尉もある意味偉大な女性である。
運悪く居合せたふたりのうちの残り、人の良さそうなケイン・フュリー曹長が、なんとも言えない表情でマスタング大佐に声をかけた。
「小さな女の子が喜ぶものってなにでしょうねぇ?」
マスタング大佐は答える。
「女性に贈るものと言えば、花」
はい、初歩的で無難なとこですね、との言葉をフュリー曹長は飲み込んだ。
「または装身具」
まぁまだまだはやいですけどね、との言葉も飲みこんだ。
「または愛の詩」
それもまだまだはやいですねって言うかヒューズ少佐が切って捨てそうですね、嫁にはやらん! とか。
との言葉も飲みこんだ。焔の錬金術師がささやく愛の詩……似合うような似合わないような、想像がつくというかつかないと言うか……怖い想像をしてしまったのだ。口からなにか変な物が出てきそうで慌てて口元を押える。砂か、砂糖か、それとも――魂か。
けれども『愛の詩』なんて、まだまだ序の口だったのである。
「または――家」
どこのエロ親父ですか――っ!
フュリー曹長は、内心でだけ頭を抱えて滂沱の涙を流した。ついて行くと決めた上司はとことんと掴みどころのない男であった。
『三日後にヒューズ少佐の家にぬいぐるみ手配』
脳裏のメモ帳にそう書き記したホークアイ中尉は、やはり偉大かもしれない。このマスタング大佐について行くのには、この現状に慣れきってしまうのが一番楽なのだと彼女は知っていたのだろう。
慣れきってはいるが、それに呑まれない意思の強さがあるホークアイ中尉だからできる芸当であるのだと、フュリー曹長が知れば言い返すであろう対応術であった。
* * *
「あー、そうか、もうあれから一年経つんだなぁ」
馬鹿親ヒューズの家に遊びに行っただけのつもりであったのに、なんの因果か出産に立ち会うはめになり、その時の騒ぎをつらりと思い出していたのは、金髪の子供と鎧――もとい、国家錬金術師のエルリック兄弟だ。
どこからどう宿を突き止めたのか、電話を受けた先はあの馬鹿親であったのだ。きっと職権乱用をしまくったに違いない。なにせ彼は、情報を一手に扱う調査部所属なのだから。
とにもかくにも、いつもと同じくシロップ漬けにした果物を口から吐き散らしているのではないかとの錯覚に陥った電話の後で、エドワード・エルリックはしみじみと呟いた。
『エリシアちゃんも一歳なんだね。もう随分大きくなったんだろうなぁ』
そうだ、エリシアちゃんの誕生日ってことは兄さんも誕生日だね!
無邪気に続けた弟に『一年経ってもちっちゃいままだってうにゃうにゃうにゃ』と噛み付いて、大きな鎧の手で頭を押さえつけられた兄の所業はとてもとてももうじき一歳年を重ねる姿には思えない物であったが、ありがたいことに部屋に引っ込んできたところであったので他人の目はなかった。
「アル、どうするよ? あんの馬鹿たれ親、プレゼントをねだってたぞ」
気を取り直して、行儀悪く組んだ足の上でふてぶてしく頬杖をついた兄は、向かいの弟に問いかける。
『うーん、小さな女の子が喜ぶものって……』
「カブトムシとかヘビとかザリガニじゃぁないことだけは確かなんだけどなぁ……」
まだふたりが幼かった頃、幼馴染のウィンリィにそれらをやって大泣きされたのは、忘れたくても忘れられない記憶である。なにせその夜、ピナコばっちゃんにどつきまわされたのであるし。はじめての練成で作り上げた人形は、それらが痛い教訓となっての代物であったけれど、結果は同じであったのはなんとも情けないものであった。あれからふたりにとって『女の子』とは錬金術で使用する公式よりも理解不能な存在のままである。
「少佐も少佐だよなぁ、もっとはやく言ってくれりゃぁなにくれと見繕う暇もあったのによぉ」
こちとら男兄弟の旅の空、そんな『女の子』なんて存在へのプレゼントなんかすぐに思いつきゃしない! と、金色の頭をがしがしと掻きむしりながら兄はがなる。
『うん、でも、エリシアちゃんの誕生日は兄さんの誕生日でもあるのだし、それに気がつかなかった僕達がうっかりしていただけなんだし……遅くなってもエリシアちゃんなら喜んでくれると思うから、喜んでもらえそうな物探してみようよ?』
……なんとも、どこかにいる焔の錬金術師とは違って、心の優しいアルフォンス・エルリックの言葉であった。
* * *
「あぁ、しまった!」
場所はもどって、その焔の錬金術師のオフィス。
頭を抱えて唐突に叫んだのはその焔の錬金術師ことロイ・マスタング大佐だ。
「ヒューズめ、娘の誕生日ってことは、エドも誕生日ではないか!」
なぜにもっとはやく連絡をよこさんのかあのド馬鹿親が!
と電話に向かって叫んでいたりするが、それと鋼の錬金術師エドワード・エルリックがどう繋がるのかわからないフュリー曹長。普段から子供めいた大きな目をきょとんとさせている。
大佐ってば、誕生日プレゼントでも贈るつもりであるのだろうかエリシア嬢には随分と渋っていたくせに。自分達から見ればまだまだ子供なエドワード・エルリックではあるが、大人ぶっている分誕生日プレゼントなんて縁が遠いはずであるのに。そもそも、大佐からのプレゼントなんて警戒して受け取らないはずだ。
「毎年『等身大エドワード・エルリック人形』を贈ってやろうと考えていたのに、現在の身長を調査して仕立てる時間がないではないか!」
なんたる不覚! ロイ・マスタングともあろう者がこんな重大事を忘れていたなんてっ!
力いっぱいの大佐の言葉に、フュリー曹長は再び心の中で涙した。やっぱりそう来るんですね、どうしてわざわざ嫌がられることするんですか……って言うか、絶対マイナス十センチくらいで作って、エド君を怒らせるのだろうに。
「……いいや、今からでも調査部を動かして、徹夜で人形屋に作らせれば間に合うかもしれんうふふふふ」
一転して静かになった焔の錬金術師は、窓に向かってそんな危ない笑いをもらし始めた。
マスタング大佐の顔を写す窓ガラスの向こうの空は急に掻き曇り、雨まで降ってきそうであった。マスタング大佐の性格の悪さを彩るような空色であった。
『これから三日間、調査部には大佐の命を受けないように画策する』
脳裏のメモ帳に書き記したホークアイ中尉はやはり偉大な女性である。
『かわいそうになぁ、エド君。大佐のよいおもちゃにされちゃって……』
強く生きろよぉぉぉぉ。
フュリー曹長は心の中でだけ応援するのであった。
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