素朴な疑問 





「鋼の錬金術師、エドワード・エルリック。実は、前から聞きたかったことがあるのだが」
 それは、賢者の石探索がまたもや空振りであったと報告をあげに来た時の、マスタング大佐の言葉であった。
 特定の人物からかかってくると尋常ではない使い方をされる電話、インクやペンや書類や資料がセットされた机上で組み合わせた両手に顎を乗せ心持ち身を乗り出している。相対する人物から見ればこの上もなく余裕と威圧感をも漂わせる体勢なのだと大佐は知っていてやっているのだろうか。大きく取った窓から、午前の白い光がマスタング大佐の背に降り注ぎ、それを仰ぎ見る形でもあるので更に威圧的である。
 けれども相対するエドワード・エルリックは、その体勢が『軍務関係の話』ではないものをはじめようとしているとの意味もこもっているのだとはわかっていた。仕事の話であれば、皮肉げな表情であってもぴしりと伸ばした背筋で話をするマスタング大佐であると知っているので――いつぞやは国家錬金術師の証しである銀時計を投げやりな態度で文字通り投げてよこしたこともあったが、あれはどうやら本当に『例外的な態度』であったらしいと今ではわかってしまった――相手が油断ならない人物ではあるとわかっていても、そのあたりは信用している……つもりなのである。大佐の目も、いつにも増して(エドワード表現するところ『滅多にないこと』だ)真剣そうであったので。
「なんだよ、大佐」
 だからもって、丁寧な言葉ではないがとりあえず応対してやったのだが……
「……エドワードの愛称と言えば『エディvv』だと思うのだが、どうして『エド』なのだ?」
 真剣な表情で、真剣な眼差しで、真剣な口調で焔の錬金術師がのたまったのは、そんな言葉であった。

   * * *

 そしてその日、そのオフィスでは
「女みたいな気色悪い『それ』で呼ぶんじゃねーッ!」
「えー、可愛いじゃぁないか。これからは『エディvv』って呼んでも良いかい?」
「ぜってーお断りだ、そんな気色悪い呼び方できないように今日こそぶちのめーす!」
 他の誰かはよくてもてめぇにはぜっってーによばせーんッ!!
 との、脱力する怒鳴り声や戦闘音が響くことになるのだが……いつもの騒ぎであったので誰も気にしないようにした。
 マスタング大佐の『腹心の部下』である、ある意味上司の性格を熟知しすぎているホークアイ中尉は、真面目な顔で完全無視を決め込み書類に目を通していたし。
 ハボック少尉は最近彼女にふられたばかりであるのだろうか、朝から椅子に座ったままの形で魂を飛ばしていたし。
 ブレダ少尉に関しては競馬新聞を眺めているだけではあったが、耳にはしっかりと耳栓がされていた。
 生まれた頃から、今目の前でぎゃんぎゃんと吠えている犬さながらの兄と付き合いのある弟は、完全に明後日の方向を向き、魂だけの存在であるのに、その状態をあらわすには『魂を飛ばしていた』がぴったりな様子であった。
 ……そう言えばむかーしむかし、そんな呼び方をして兄さんに思いきり蹴り倒されていた年上のガキ大将がいたっけか。あれは何歳くらいのことだっけ、七歳だったろうか、それとももっと前だったろうか。あの人もそんな低級な嫌がらせしなきゃよかったのに。
 弟すらも、目の前の兄や大佐の心配などはせず、ひたすらに過去の兄の所業を思い出す現実逃避にいそしんでしまった。思考の中の『あの人』とは、過去の人なのか、現在の人なのか。どちらにしても真剣には心配していなかった。
 ただ誰もがほんの少し心配したのは、これまで持ちこたえてきた電話機諸々の被害がどこまで及ぶか、である。誰も不毛な錬金術師のやりとりを諌めようともしないし、錬金術師達の怪我の心配などもしないのであった。

 オフィスの上には抜けるように青い空。白い鳥が二羽、地上の騒ぎなど知らぬげに、悠々と飛んで行ったのであった。




橘にとっての『エドワード』の略称は『エディ』なものですから(『vv』をつけたのは大佐の趣味だと思われ。笑)、DVD観始めの頃は違和感がぬぐえなかったものです(非常に個人的意見)。