【 6 】




 ハク不在が三日過ぎて、四日目になってようやく湯婆婆も厭きたらしい。ハクの謹慎は解除された。
 と言うか、湯婆婆自身はあんまり風紀がどうこう言える立場じゃないだろうしあんまり気にはしていなかったみたい。それよりもハクがいなくて帳場が荒れている方が嫌だったみたい。
「町はずれの詩貴堂に行かない?」
 だから、謹慎が解けた日に大部屋まで来たハクがそう誘ってくれたのはなんにも不自然ではなくて。でも、ようやく会えて、一緒にでかけようって誘ってくれたのに、わたしったらあの誤解を解く為にもここはさらっと自然に「うん」って言うべきだとはわかっているのに
「ふたりで?!」
 とか過剰反応してしまって。
「誰か詩貴堂に一緒に行く者はいるか?」
 ってハクが周囲に聞いたら
「はー、誰があんなまにあっくな店。お前らだけで行って来な」
 とリンさんが片手をふりふり反応を返すくらいで、他の皆はそっぽを向いているし。だーれも興味のかけらすら持っていないみたい。
「ハク、シキドウって?」
 リンさんの『まにあっく』って言葉が妙にひっかかるんだけど。
 そしたら
「骨格標本の店」
 とか言われて、わたしは思わずハクからずざざざぁっと遠ざかってしまった。それも、一歩どころか三歩以上、しかもリンさんの後ろに隠れてちらりと顔を覗かせてしまった。骨格標本=人体模型って想像しちゃうんですけど?! 実験室のアレ、嫌いだよー!
「は……はくっ! そこってじんたいもけいとかある?!」
 思わずわたわたしてたら変なイントネーション(泣)。
「ないよ、大丈夫」
 そんなわたしの様子がおかしかったのか、ハクが小さく笑った。
「骨格標本を見に行くんじゃないよ。多分そなたも好きそうなものを見に行くんだ」
「……わたしが好きそうなもの?」
 ってなに?
「くればわかるよ」
 って教えてくれない。
 あの〜、おこもりしている間に性格変わりました?? わたしが三歩以上離れた時からずっとくすくすハクは笑っていて、リンさんや他の皆が目を見開いて見てるんですけど……(汗)。

   ◆◇◆

 目を見開いたまま硬直している皆をほっておいて、わたし達は油屋の外に出た。先日の寒さが嘘のようにぽかぽかとした天気で、ぶらぶらと出歩くにはちょうど良い感じだった。陽が暮れてくればなにやらもわからない人達やお客の神様の気配でいっぱいになるこの町も、昼の光の下ではひっそりとしている。乾いた風に乗って舗装もしていない剥き出しの地面から砂が舞い上がっている。
 そんなお散歩日和の街中をふたりで歩いているのだけれど、実は困ったことになっていたりする。今までならふたりでどこかに行く時に手を繋いで歩くのはなんともなかったのだけれど……今日はそれがとてもとても困ってしまって。
 手を離すのも悪いし、離してって言うのも不自然だし、だからと言ってずっと繋いでいると心臓がばくばくしそうだし、どうしようもできなくて油屋からずっと手を繋いでいる。手を意識していると足元がお留守になるし、手に変な汗もかいちゃって尚更恥ずかしくて手を意識しちゃう。元からお子ちゃまみたいに赤味がかっている頬が更に赤くなってきそうだし。
 ……どうしてハクっていつの間にさりげなく手を繋いでいたりするのかなぁ?? 今まで気がつきもしなかったけれど。ぐるぐると考え込んでしまう。
 わたしの態度がいつもと違うのにハクが気づいたのか、ハクがぴたっと足を止めたのでびっくりしてたたらを踏んでわたしも止まったら、ハクがじっとこちらを見ていた。ほんの少しだけ顔を傾けてる。不思議そうな表情だ。
「どうしたの、千尋? やっぱり骨格標本の店になんて行くのは嫌?」
 ……骨格標本はイヤだけど、ハクが『わたしも好きそうなもの』を見に行くって言ってくれたのはすごく興味があるのでそれはイヤじゃないんだけど……手がっ。
「イヤじゃないよ、すごく楽しみなの!」
 手を繋いでいるのが――イヤじゃないんだけど、ハクと手を繋ぐのがイヤなわけじゃないんだけど、どうしたらいいのか、どうしたらいいのかーっ!
 ぐるぐる頭の中で考えていたら、ハクが傾けていた顔を反対側に傾けて、ふっと手を離して
「……私は最近、そなたを困らせてばかりだね」
 なんて言って。片頬だけしかわたしには見えなくて表情はわからないのだけれど、きっと困った顔をしているに違いない。
 うわぁぁぁぁぁんっ。そんなんじゃないのにーっ! 困らせているのはわたしの方なのにーっ! って言いたいのに言葉が出ない。
 はずされた手の平に滲んでいた汗が飛び込んできた空気に晒されて一瞬で冷たくなって、それでハクの手のあたたかさを逆に思い知らされて――ハクの手が離れたんだと思い知らされて、泣きそうになった。